男子三日会わざれば、というが、確かに、自信とは顔つきや雰囲気を大きく変えるものであるらしい。マンチェスターUに入団した際とレアル・マドリードでのいま。クリスティアーノ・ロナウドの放つオーラは、ほとんど別物といっていい。日本人では、イチローや中田英寿さんなどが、身にまとうものを大きく変えていった典型例だろう。

 

 前日付のスポニチに、協会の一部スタッフから「大迫を代表に」との強いプッシュがあったとの記事があった。そのプッシュ、全面的に後押ししたい。

 

 ストライカーと言われる人種には、パチンコでいうところの「確変」としかいいようのない大爆発モードに突入することがある。ごく凡庸な選手であっても、1カ月だけ、1シーズンだけは怪物的な点取り屋に変貌することも珍しくない。もちろん、中には「確変」が長く持続するタイプの選手もいるのだが――。

 

 大迫がどちらのタイプなのか。現時点では誰にもわからない。ただ、16年9月現在の彼が、ブンデスリーガの中でも特筆すべきアタッカーとなっているのは紛れもない事実である。

 

 大迫に限らず、海外でプレーする日本人アタッカーには、人が良すぎるというか、あまりにもエゴが欠けているという印象があった。打つべきところで打たず、周りにパス。釜本邦茂さんからすればあきれ返ってしまうような場面の、なんと多かったことか。

 

 だが、ここ最近の大迫は違う。先週末、ライプチヒを相手にたたき込んだ千金の同点弾などは「え、そこから打つのか?」と見るものの度肝を抜く、特別なストライカーでなければ打てない類いの一撃だった。

 

 なぜ大迫は変わったのか。ドイツ在住の記者にはぜひインタビューをしてもらいたいものだが、画面を見ているだけでも、彼の内面に何らかの変化があったのではと推測することはできる。かつてC・ロナウドがそうだったように、大迫もまた、明らかに顔つき、目つきが変わってきているからである。

 

 80年代、ロンドンのメディアは、トットナムでプレーするリカルド・ビジャを起用しないアルゼンチン代表を「理解不能」と批判したことがあった。なぜアルディレスは呼ぶのに、リッキーは呼ばないのだ、と。

 

 もし今回、大迫が代表に呼ばれなかったとしたら、驚愕(きょうがく)するドイツ人が現れるかもしれない。先発で使われなかったとしても、十分に大きな驚きになる。それぐらい、いまの大迫は、いい。

 

 大迫とは逆に、ちょっと心配なのは長谷部である。W杯最終予選では2試合続けて絶対NGのミスを犯し、ブンデスリーガでもここ2試合は出場機会を得られずにいる。日本にとっては精神的支柱でもあるだけに、最近の不調、不遇が一時的なものであることを祈りたい。

 

<この原稿は16年9月29日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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