日本シリーズには、どうもいい思い出がない。いや、もちろん「江夏の21球」はあったし、高橋慶彦やジム・ライトルが躍動して3度の日本一に輝いた歓喜は、よく記憶している。

 

 だけど、日本シリーズと言われてまず思い出すのは、初優勝のときの対阪急4敗2分け。外木場義郎をもってしても勝てないのかと思うと、リーグ優勝の喜びがすぼんでいった。そして1986年の対西武引き分けからの3連勝4連敗。正直言って、3連勝したときには、勝ったと思ってしまった。よもや4連敗するとは。あのときの泥沼にはまっていくような、いやーな感じは今でもよみがえる。

 

 そして今年。対北海道日本ハム戦、2連勝の後の4連敗。またまた、面白くない思い出が加わってしまった。

 

 もちろん、プロ野球の最大の栄誉はリーグ優勝だと、私は確信している。その意味では、今季のカープはすばらしかった。しかしなあ。4連敗のうち、1試合は勝てましたよね、どう考えても。

 

 第7戦、黒田博樹の広島での最終登板、大谷翔平との投げ合いを、見たかった……。

 その意味では、結局、4-10と大敗してしまった第6戦が、一番納得いかない。

 

 思い出したくもないが、少し振り返ります。

 

 4-4の同点で迎えた8回表である。疲れの見えるジェイ・ジャクソンは2死満塁のピンチを招く。そして、4番中田翔にストレートの押し出し四球で、4-5。続く投手のアンソニー・バースにセンター前タイムリーを浴びて4-6。とどめは次打者ブランドン・レアードに満塁ホームランを打たれて4-10。事実上、これで日本シリーズの勝敗は決まった。

 

 あなたなら、どこでピッチャーを替えますか? ちなみに緒方孝市監督はレアードまでジャクソン続投である。

 

 このシリーズのジャクソンの状態から考えれば、たぶん私なら、満塁にしたところで替える(念のため言っておくと、シーズン中なら、私もレアードまで続投させる。ただし、負けたら終わりの日本シリーズ第6戦とペナントレースでは、状況が全然違う)。

 

 大半の人は、中田を押し出したところだという。次打者が投手なのだから、バースまでは仕方ない、という人もけっこういらっしゃる。しかし、レアードまでという意見の人はきわめて稀だ。

 

 これが不思議でしょうがなかった。Number誌12月1日号を読んで、ようやくわかりました。同誌には、こうある。

<「最初からレアードまでは続投だった。代打に大谷が出てきてもジャクソンで行くつもりだった」

 畝龍実投手コーチの証言である>(同誌「緒方孝市 見えなかったベンチの意図。」鷲田康)

 

 じつは、中田が打席に入ったとき、バースではなく大谷がネクストバッターズサークルに立っていた。栗山英樹監督は最初からバースに打たせるつもりだったが、カープベンチを威嚇するため大谷をネクストに立たせたという。のちにこれが名采配のように賛美されているが、そうだろうか。よくある戦法であって、特別な采配とは思わない。

 

 しいて言えば、このシリーズ全体を通して、大谷があまりにも突出した存在だった、という証左ではあるだろう。

 

 ともあれ、カープベンチの「レアードまでは続投」というのは、シーズン中の戦い方である。負けたら終わりの王手をかけられた試合での発想ではない。

 

 ついでに第3戦の8回裏。大谷を敬遠して、中田にレフトへ逆転タイムリーを打たれた、おなじみのシーンも振り返る。ここでシリーズの流れが変わったのだが、よく指摘されるのは、なぜ、レフト松山竜平に守備固めを出しておかなかったのか、という批判だ。同じNumber誌の記事にこうある。<「シーズン中から次の回に打席の回る打者は交代させていない」(高信二ヘッドコーチ)>

 

 これではっきりしました。要するにカープの首脳陣は「シーズン中と同じ戦い方」という大方針で日本シリーズに臨んだのだ。真相を知って、ちょっとため息が出る。

 

 メジャーリーグのワールドシリーズでは、シカゴ・カブスが「ヤギの呪い」を打ち破って、108年ぶりに優勝した。

 

 現代の名将といわれるカブスのジョー・マドン監督は、インディアンスに1勝3敗と王手をかけられた後、第5戦から、絶対的クローザーのアロルディス・チャップマンを7回から回またぎで投げさせる、という奇策に打って出た。

 

 これが奏功して、3勝3敗のタイとし、第7戦までもちこんだのである。

 

 もっとも第7戦は、チャップマンがさすがに疲労から打ち込まれ、この奇策もついえたかと思ったが、最後は延長戦を制して、カブスがワールドシリーズチャンピオンに輝いたのである。

 

 いずれも3敗と先に王手をかけられながら、緒方監督とマドン監督の采配は、あまりに好対照である。

 

 そして、私は7戦という短期決戦では、圧倒的にマドン監督の采配を支持する(たとえ、チャップマンが打たれたまま、3勝4敗で負けていたとしても、第7戦までもちこんだことを評価する)。

 

 畝投手コーチにも、高ヘッドコーチにも、そしてもちろん、緒方監督にも、少なくとも2勝2敗のタイになった時点で、シーズンとはまた別の、短期決戦用の戦略をたててほしかった。

 

 だって、日本中の野球ファンが、黒田博樹vs.大谷翔平の第7戦を待ち望んでいたのだから。

 

 最後に、グチはやめて、いい話を。

 

 8日に始まった秋季キャンプでは、堂林翔太、野間峻祥、安部友裕の3人が、強化指定選手に指名されて練習に励んでいるそうだ。

 

 石井琢朗打撃コーチは、「来季出てきてもらわないといけない選手」(「スポーツニッポン」11月9日付)と言っている。

 

 鈴木誠也は日本代表やゴールデングラブ賞などで忙しいだろうから、この3人の人選は、非常にいい着眼だと思う。

 

 石井コーチとともに、来季は、日本シリーズの借りを返したいものだ。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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