チームの価値を測る上で、重要なローポインター

 

imga3817bdfdce02944fc10b二宮: 車椅子バスケットボールの試合を見ていると、バスケであると同時に、格闘技でもあるという印象を受けます。ものすごく激しいコンタクトがある。ヒヤッとしたりもするんですが、そのリスクを承知で挑んでいく姿には胸が熱くなるものがありますね。

及川: 我々の立場からするとまずコンタクトを制さないと上には上がれないんです。「痛い」「大変だ」と挫折してくれる選手が相手にいたら、それはもうラッキーなこと。コンタクトゲームに対してストレスを感じないレベルを作っていかないといけない。転んでもすぐに立ち、走って、ショットを入れる。転んでもすぐに立って、ディフェンスで積極的にスティールを狙いにいく。そういうことができるようになっていかないと、今の時代は勝てないですね。

 

二宮: 相手を制し、支配する。技術や戦術も大事ですが、まず個々の力が必要になってくるわけですね。

及川: そうですね。そういった意味でローポインターは、相手のコンタクトをどう受け止めていくかが、非常に難しい。腹筋・背筋が効かない中で「体を保て」と僕は言うしかないんですが、気持ちだけ込めても体は保てない。いかにバランス良く、スキルを使いながら保っていけるか。そういったところの技術も、実は車椅子バスケの本当の見どころのひとつでもあります。

 

伊藤: そこに焦点を合わせて見ても面白いかもしれないですね。個の力も重要な一方で、団体競技ですから、チームワークも当然カギとなりますよね。やはりハイポインターとローポインターの組み合わせが、いかに機能するかにかかっているんでしょうか?

及川: そこは"和"の精神が自然と身についているので、やりやすいと言えばやりやすいなと僕は思いますね。海外では「オレが活躍すれば良い」という考えに至る選手も多いんですが......。日本のチームは、みんなが良くなっていくことに関しては、非常に感度が良いんです。

 

二宮: 助け合い、支え合うという精神は、日本人は古来から持っていると。

及川: そうですね。間違いなくあると思いますね。それを戦略の中でも使えるというのは非常に面白いです。"ローポインターが活躍しないと日本は勝てない"。この宿題に対し、チームでどう考えていくかが重要になってくる。誰がどう協力して、活かす形を作るか。戦略的なトレンドがどんどん変わっていく中で、いかにチームを作りあげていくかが重要なんです。

 

二宮: 実はキーパーソンはローポインターであり、むしろハイポインターがローポインターを活かしていかなければならない。ローポインターが活躍することにより、チーム全体の底上げにもなります。それは本当に強くて賢いチームだと言えますよね。

及川: ローポインターが活躍すると、チームは2倍も3倍も盛り上がるんです。1つのショットをハイポインターが入れるのと、ローポインターが入れるのとでは、全然違う。そこに価値を見出しているので、ローポインターが活躍した時、チームの価値はグッと上がる。モチベーションも上がる。それを、試合の中に持ちこんでいくことで、チーム全体の雰囲気や戦力を維持することもできますね。

 

 自国開催という"追い風"に乗る

 

二宮: 車椅子バスケの日本代表は10月の「三菱電機2015IWBFアジアオセアニアチャンピオンシップ千葉」(三菱電機アジアオセアニア選手権)でリオデジャネイロパラリンピック出場を目指すわけですが、その延長線上に東京がある。2020年にオリンピック・パラリンピック開催が決まってから、かつてないほど障がい者スポーツへの風が吹いている状況です。

及川: ものすごくドラマチックに変わっていますね。その変わっている状況をキャッチアップし、リードしていくのが大変というのが、正直な感想ですかね。

 

伊藤: この風をうまく活かしていきたいですね。

及川: そうですね。しかし、強化のための環境をすべてお膳立てしてくれるわけではないんです。たとえば競技団体に「助成金を使ってください」と言われても、それをうまく使える人、生かす環境があるとは限りません。一方で「環境は作っていけても、資金がない」という場合だってある。不安定要素もあり、ジレンマも多いんです。でも、このチャンスは絶対に活かさないといけない。そういうプレッシャー、使命感を持ちながら、取り組んでいますね。

 

二宮: 環境面での変化のほかに、普及面でも変わってきていると聞きます。日本代表の香西宏昭選手のように「車椅子バスケをやりたい」と言って、自分から入ってくる選手もだいぶ増えてきたようですね。

及川: はい。車椅子バスケを題材にした井上雄彦さんの漫画『リアル』の影響もすごくあると思います。漫画を元々読んで競技のことを知っていて、「障がいを負ってしまったので車椅子バスケをやろうかな」と入ってきた選手も多くなってきています。車椅子バスケに対する敷居がいい意味で低くなり、こちらも「車椅子バスケやってみる?」と気軽に言えるようになったことが、香西のような選手がどんどん増えてきているひとつの要因だと思いますね。

 

二宮: なるほど。それは普及に努めてきた及川さんの影響も大きいんでしょうね。

及川: 我々が良いバスケを見せていくことが一番の普及につながっていくと思っています。なるべく熱く、楽しくやることを心がけていますね。

 

二宮: やはり競技に魅力があることが、プレーヤーの最大の活力源でしょうね。そこに面白みがなかったら入ってこない。「オレもやりたい」っていうね、そこになにか目標が見つかりやすいっていうのは素晴らしいことですよね。

及川: そういう意味で2020年パラリンピックの開催地に東京が決まったのは本当に幸運なことですね。「2020年東京のため」というひとつのキーワードで、日本社会が一体感を持てるということが、本当に幸せだと思いますね。

 

伊藤: 車椅子バスケ界としても、絶好の機会というわけですね。

及川: 正直、現場はぎりぎりですよ。本当に命を削ってやっている。その中で人が少しずつ集まりながら、一緒にチームで作っていく作業をしているんです。みんなが家庭も仕事もある中で、夜中まで朝までなんとか頑張ってくれている。"2020年大会が決まったんだから、繋げていこう"というスピリットを持つ人たちがいることが、車椅子バスケ界が何とか前へ進めている大きな要因だと思います。その勢いを加速させるためにも、是非ともリオへの切符は掴みたいですね。

 

(おわり)

 

及川晋平(おいかわ・しんぺい)プロフィール>

1971年4月20日、千葉県生まれ。高校1年の冬、骨肉腫で右足を切断。1993年に千葉ホークスに入り、車椅子バスケットボールを始める。翌年、米国に留学。シアトルスーパーソニックス、フレズノレッドローラーズでプレーする。2000年にはシドニーパラリンピックに出場した。02年、車椅子バスケットボールチーム「NO EXCUSE」を立ち上げ、現在はヘッドコーチとして活躍。12年ロンドンパラリンピックは男子車椅子バスケットボール日本代表アシスタントコーチとして経験した。13年から日本代表ヘッドコーチに就任。14年インチョンアジアパラ競技大会ではチームを銀メダル獲得に導いた。PwCあらた監査法人に勤務。


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