(写真:今週末の一戦の勝者は全階級を通じて最強の称号を得ることになるかもしれない Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

(写真:今週末の一戦の勝者は全階級を通じて最強の称号を得ることになるかもしれない Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

11月19日 ラスベガス T-モバイルアリーナ


WBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ

王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/33歳/31戦30勝(26KO)1分)

VS.

元WBA・WBC世界スーパーミドル級統一王者

アンドレ・ウォード(アメリカ/32歳/30戦全勝(15KO))

 

 今年最も重要なファイトのゴングは目前———。

 2016年の“The Biggest Fight”には、近年の米リングを引っ張ってきたフロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)の両巨頭は絡まない。その代わりに、少々地味ながら、全階級を通じて現役ベスト5に入ると目される実力者同士が激突する。そんな流れは、ボクシング界が新しい時代に移行していることを象徴しているのだろう。

 

 KO率8割以上のハードパンチャーで、ライトヘビー級の3団体を統一した“クラッシャー”、コバレフ。2004年アテネ五輪で金メダルを獲得し、プロでもスーパーミドル級2団体(WBA、WBC)を統一した稀代のテクニシャン、ウォード。バックグラウンドもタイプも異なる2人の無敗王者の激突は、文字通り“50/50のマッチアップ”と評判高い。

 

 ファン垂涎のカードに、約2万人を収容するT-モバイルアリーナのチケット売り上げも好調と聞く。主役の2人がまだメインストリームのスターではないゆえにPPV売り上げはやや心配されるが、直前の前評判はなかなかで、最終的には30~40万件程度は売るのではないか。ファイト当日は、今年最大のイベントに相応しい雰囲気になりそうだ。

 

 ベストコンディションなら挑戦者有利

 

(写真:試合運びのうまさでは現役最高。ウォードのスキルは健在なのか Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

(写真:試合運びのうまさでは現役最高。ウォードのスキルは健在なのか Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

「コバレフの右は素晴らしいが、打ち方には癖がある。パンチをまとめるのがKOパターンだが、ウォードに多くのパンチを当てることはできないよ」

 決戦を前にウォード側のトレーナー、バージル・ハンターはそんな不敵な言葉を残していた。“パワーでは圧倒的にコバレフが上”と見られているが、恐れるに足らずと言わんばかり。そして、このベテラントレーナーに限らず、ウォードがやや有利と見るメディア、関係者が多いようだ。

 

 スーパーミドル級時代に最強決定トーナメント“スーパーシックス”を制したウォードは、その過程で高レベルの適応能力を証明してきた。ライトヘビー転級後に2戦のチューンアップを挟むなど、慎重にステップを踏んできたのも好感が持てる。地元アメリカ開催という地の利、インファイトの上手さでは大きく上回ることなど、ウォードにプラスの材料は数多い。

 

 左パンチを出した後に必ずガードが下がるコバレフの悪癖も気になる。32歳の黒人ファイターが完調であれば、“スーパーシックス”の決勝でカール・フロッチ(イギリス)を翻弄したように、ウォードが巧みに12ラウンドをまとめる可能性が最も高いのかもしれない。

 

 ただ筆者が気になるのは、ウォードは本当に完調なのかどうかである。前述のように、今年3月と8月にはライトヘビー級での調整試合を挟んで準備したが、その2試合は格下相手のスリルに欠ける凡戦だった。この両ファイトでは、ウォードにはかつてのキレと緊張感は感じられなかった。

 

 そのキャリアを振り返ると、ウォードが強豪とコンスタントに拳を交えたのは2012年9月、WBA・WBC世界スーパーミドル級タイトルマッチのチャド・ドーソン(アメリカ)戦まで。以降はプロモーターとのトラブルと故障でブランクを作りがちで、過去4年間でわずか4試合しか行っていない。その4戦もトップレベルの相手は含まれておらず、ウォードはしばらく“半休養状態”だったと言っても大げさではない。

 

 いかに超絶テクニシャンのウォードでも、せいぜいクラブファイターどまりの相手から、一気にパウンド・フォー・パウンドで最高級の選手にまで対戦者のレベルを上げるのは余りにもリスキーではないか。

 

 ロシア人王者の勝算

 

(写真:コバレフのパワーパンチはどんな相手も恐れさせる破壊力を持つ Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

(写真:コバレフのパワーパンチはどんな相手も恐れさせる破壊力を持つ Tom Hogan - Hoganphotos/Roc Nation Sports)

 現役最高級のパンチャーであり、アウトボクシングのスキルも備えたコバレフは危険な相手である。特にストレート並の破壊力を持つ左ジャブをコバレフが上手く使った場合、ビッグイベントの舞台を待ち望んできたロシア人が序盤からペースを掴むことも十分に考えられる。

 

 コバレフとしては、アマ120戦、プロ30戦という百戦錬磨の経験を持つウォード相手にKOを狙いすぎるべきではない。序盤にダメージを与える場面があったとしても、12ラウンドを考えたペース配分は必須。そして、ウォードがインサイドで得意のクリンチ、ホールド戦法に来たとき、押し負けない馬力を最後まで保つ必要がある。

 

 コバレフとトレーナーのジョン・デビッド・ジャクソンはこれらの課題に対処してくると見る。コバレフが勝った方が間違いなくよりエキサイティングなファイトになるだけに、願望も込めて、筆者はロシア人王者が中差の判定勝ちを手にすると予想したい。

 

 2011~12年頃のウォードなら、誰が相手でも負ける姿を思い描くのは難しかった。しかしそれ以降、エリート王者は全盛期の多くを無駄にしてしまった。そんな過去数年のツケが大舞台でついに出るのではないか。

 

(写真:ウォード<右>が勝つとすれば、クリンチの多い凡戦になる可能性も否定できない Photo By Khristopher Sandifer/Roc Nation Sports)

(写真:ウォード<右>が勝つとすれば、クリンチの多い凡戦になる可能性も否定できない Photo By Khristopher Sandifer/Roc Nation Sports)

 もちろんウォードが全盛期のシャープさを取り戻していた場合、フルラウンドを通じて試合巧者ぶりを発揮することは十分に考えられる。鍵は最初の数ラウンド。判定勝負が濃厚だが、序盤の展開、内容でその後の流れと勝者がある程度は読めるようなファイトになるだろう。

 

 2016年の米ボクシング界が低調だったことは誰も否定できまい。HBOの予算削減やPBCの迷走もあって、今年度を象徴するようなビッグファイトはごく僅かだった。そんな1年も終わりに近づいている今、今年の“The Biggest Fight”コバレフ対ウォード戦にかかる業界の期待は大きい。

 

 2015年のメイウェザー対パッキャオ戦に続き、2016年最大のファイトまでもが凡戦に終わったとすれば、業界の被るダメージは小さくない。

 

 そんな厳しいシナリオを避けるべく、今週末の一戦はハイレベルでエキサイティングなファイトになることを望みたい。この試合がドラマチックな結末を迎えれば、“メイウェザー以降”の時代を迎えたボクシング界にも再び勢いがつくはずである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。

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