161201aliven1「スポーツの指導者から学ぶ」は、株式会社アライヴンとのタイアップコーナーです。スポーツ界の著名な指導者を招き、アライヴンの大井康之代表との対談を行い、指導論やチームマネジメント法などを伺います。

 今回、登場するのは、日本陸上競技連盟のオリンピック強化コーチを務める苅部俊二さん。現役時代はアトランタ、シドニー五輪に出場。指導者としては数々の日本代表選手を育てています。リオデジャネイロ五輪では男子短距離部長として、男子400メートルリレーで日本チームを史上初の銀メダルに導きました。卓抜のマネジメント法について語ります。

 

 バトンは信頼の証

 

大井: リオデジャネイロ五輪での男子400メートルリレー銀メダル獲得は大変感動しました。

苅部: ありがとうございます。

 

大井: リレーではいろいろなタイプの選手がいると思います。それぞれの個性をうまくいかすために、どういう点を気を付けていますか?

苅部: 私たちの競技は、団体競技とは違い、まず自分の持っている力を出すことが必要です。たとえばスタート、コーナリングは個人練習。チームで一緒にやるべきところはバトンパスのところだけなんです。

 

二宮: まずは個人練習だと。

苅部: はい。自分の仕事をきっちり果たすことがすごく大事です。私は伝統工芸に例えるのですが、絵を描く人がいて、彫り師がいて、それを刷る人がいるといった具合に、それぞれのエキスパートがいる。私らがやるべきことは、その彼らを繋ぐ作業なんです。だから全く同じ選手は4人もいりません。チームワークは必ずしも“仲良し”というわけではないんです。

 

二宮: 選手それぞれに居場所と役割があって、そこを監督がマネジメントするわけですね。

苅部: そうですね。あとは味方を信頼するということを非常に重要視しています。実はリオ五輪の成功にはロンドン五輪の失敗があるんです。

 

161201aliven2二宮: それはどんなことでしょう?

苅部: 予選でバトンパスが詰まったので、次走者がスタートする目安を遠くしたんです。それなのに逆に詰まってしまった。

 

大井: それは相手を信頼していなかったということでしょうか。

苅部: 決して信頼していないわけではないと思うんです。ただ“追いついてこないんじゃないか”という怖さが勝ったのかもしれません。それがあったから今回はスタート位置を広げ過ぎなかった。その代わり、選手たちには「絶対、バトンを渡してくれるから思い切り出ろ」と。「渡らなかったらオレが責任取る」と伝えました。

 

二宮: どこかで腹を括ったと。バトンは信頼の証。信頼を繋ぐ作業なんですね。

苅部: そうかもしれませんね。私たちも合宿をして、いろいろなパターンで練習をしていました。どの選手が来てもできるようにはチームを作っていました。

 

 選手の主観を最優先

 

161201aliven3二宮: メンバーに入ったらメダルが獲れる可能性があるわけですからね。これからの選手たちもやる気になるでしょうね。

苅部: オリンピックでメダルが獲れれば、人生変わりますからね。すごく刺激になっていると思います。北京五輪でメダルを獲った時のチームは4人が固定で、そのスキに誰も入れないような状況でした。でも今は“自分が入ってやろう”という選手が何人もいて、底上げがされていますね。

 

大井: ところで選手を指導する時には、模範となる選手を設定するんですか?

苅部: 基本的には個人でやっていますね。意外とこだわりを持っている選手が多くて、私たちのコーチングは選手の主観を大事にしています。選手の感覚を第一に考えて、走るのは選手ですから、“この人の走りをしろ”とは言わないです。あまり選手の主観には立ち入らないようにしています。

 

大井: 具体的には?

苅部: 私からは“タイムがどうだった”“バトンパスがこうだった”といった具合に客観的な情報を与えます。結果を伝えるだけで“こうしたほうがいい”“ああしたほうがいい”は極力少なく、選手自身でなるべく考えさせて、修正していくという方法を取っています。

 

二宮: それは面白いですね。これまでは組織があって、そこに戦術を入れ込むのが日本の組織論の主流だったと思います。そう考えると、400メートルリレーの組織論は面白いですね。まずは個々の力を伸ばしていって、自分たちで頑張れと。その代わり、接点だとかお互いのコンビネーションは指導者が考えるという新しい組織論ですね。

苅部: ええ。それに近いですね。選手たちは自分のやるべきことをきっちりやる。私たちはそのピースを合わせてひとつのものをつくっていく感じだと思います。

 

 大成する人は「根拠のない自信」

 

161201aliven4大井: 苅部さんは伸びる選手の条件として、「根拠のない自信がある人」を挙げていると、お伺いしました。

それはビジネスでも共通する部分があると思います。

苅部: 私の持論で申し訳ないですが、大きく分けて2つのタイプがあると思うんです。誰にも負けない練習をした自信と、トップ選手が持っている根拠のない自信です。“なんかやれる気がする”という思いは、トップ選手の中には結構持っている人が多い。たとえばオリンピックの選手村での会話はすごくポジティブ思考なんです。「その根拠は?」と聞きたくなりますが、“自分は絶対やれる”“絶対負けない”と信じて疑わない。

 

大井: 苅部さん自身もそうでしたか?

苅部: そうかもしれませんね。私が指導者になってから、ある教え子が私に言ってきたんです。「頑張っても、結果が出なかったら頑張った分だけつらい。だからやらない」。私はその気持ちが全くわからなくて、むしろ感心しました。“そういう言われてみればそうだな”と。

 

二宮: 頑張った分だけつらい、というのはちょっと後ろ向きですね。

苅部: ええ。一方でトップ選手はそういう気持ちはゼロです。頑張ったら絶対結果が出ると思っている。時には失敗することもありますが、それを糧にして成功に繋げることができるんです。ただ、全く根拠がないかというとそうではない。選手は練習もちゃんとやっていますから。

 

大井: 根拠があっての自信も必要ですか?

苅部: そうだと思います。ただ、どちらがいいのかは難しいところですね。

 

二宮: 大井さんも、以前“根拠のない自信がある”と、おっしゃっていましたね。

大井: 仕事でも、やはり根拠のない自信が必要ですね。

二宮: アスリートタイプですね。

 

大井: トップ選手の場合、その自信はどこからくるのでしょう。やはり普段の練習で形成されるものでしょうか?

苅部: トップ選手は一般の人とは違ってやはり思考が超越しているようです。

 

二宮: 今回のリオデジャネイロ五輪で銀メダルを獲得したことにより、外でかけっこをしていた子供たちが、“頑張ってリレーの選手になりたい”と思うきっかけにもなったのでは。

苅部: そうなってくれるとうれしいですね。“日本人もできるんだぞ”というところを証明できたかと思います。

 

161201alivenpf苅部俊二(かるべ・しゅんじ)プロフィール>

1969年5月8日、神奈川県生まれ。400メートルハードル元日本記録保持者。アトランタ、シドニー五輪に出場。アトランタ五輪では1600メートルリレーに出場し、5位入賞に貢献した。現在は法政大学陸上競技部の監督と日本陸上競技連盟のオリンピック強化コーチを兼務し、後進を指導・育成している。

 

(写真/金澤智康、構成/杉浦泰介)


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