(写真:キャッシュマンGMは現実的な優勝争いまで少し時間がかかりそうなヤンキースの現状をを理解している Photo By Gemini Keez)

(写真:キャッシュマンGMは現実的な優勝争いまで少し時間がかかりそうなヤンキースの現状をを理解している Photo By Gemini Keez)

 2016年のMLBウインターミーティングが12月4~8日までメリーランド州で開催され、ストーブリーグはここで本格化する。過去4年間でプレーオフでの勝利はゼロと低迷する名門ニューヨーク・ヤンキースはどんな方向に進むのか。今オフは投手陣、DHのテコ入れが目標。立て続けのトレードでプロスペクト(有望株)の数は豊富になっただけに、大型補強も可能ではある。ただ、これまで“せっかちな街”の代名詞のような存在だったヤンキースのチーム作りに、今では確実に変化が見えてきている。

 

 今夏、即座の優勝争いが難しいことを悟ったチームフロントは、シーズン中にアロルディス・チャップマン(シカゴ・カブス)、アンドリュー・ミラー(クリーブランド・インディアンス)、カルロス・ベルトラン(テキサス・レンジャーズ)、イバン・ノバ(ピッツバーグ・パイレーツ)といった主力を次々と放出した。高齢のアレックス・ロドリゲス、マーク・テシェイラは引退。シーズン終了後には余剰戦力になったブライアン・マッキャンもヒューストン・アストロズへ放出するなど、チーム解体は進んでいる。

 

 その後を受けて迎えた今オフ――。“ワールドシリーズ進出以外はすべて失敗”が合言葉だった頃のヤンキースなら、散財を厭わず、大型補強に挑んでいたことは間違いあるまい。

 

(写真:サバシアも2018年が契約最終年。シーズン中に放出の可能性もある Photo By Gemini Keez)

(写真:サバシアも2018年が契約最終年。シーズン中に放出の可能性もある Photo By Gemini Keez)

 例えばカブスからFAになったチャップマンを呼び戻し、同じくFAで今季42本塁打のエドウィン・エンカーナシオン(トロント・ブルージェイズ所属)を獲得すれば選手層は厚くなる。さらに若手の何人かを放出してメジャー屈指の左腕であるクリス・セール(シカゴ・ホワイトソックス)、あるいは2013年にナ・リーグMVPを獲得したアンドリュー・マカッチェン(パイレーツ)をトレードで手に入れれば、一気に戦力アップすることは確実だろう。

 

 ただ、今のヤンキースはジョージ・スタインブレナーに率いられていた頃とは別のチーム。意外な緊縮財政を目論んでいる。今オフに大物を獲得するとしても、すでにニューヨークでプレーした経験のあるチャップマンくらいではないか。

 

「あと1ピース(1人の選手)を加えれば優勝が狙える位置にいるのなら、4~5人を費やしてその選手を得るのも良い。だが2017年に向けて、私たちにはそのような方向性は適切ではない。危険なやり方と言えるだろう」

 2016年のシーズン終了後、ブライアン・キャッシュマンGMはこんな言葉を残していた。来年もプレーオフは争えるだろうが、まだ世界一が狙える戦力ではないという現在のチームの立ち位置を自覚している。だとすれば、あと1年は地道なチーム作りを進めるのが賢明。“パワーハウス完全復活”を待つニューヨーカーは、もうしばらく我慢を強いられることになりそうだ。

 

 DH補強は1~2年契約が得策か

 

(写真:エース候補と目されながら不調に終わったルイス・セベリーノは来季こそ貢献できるか Photo By Gemini Keez)

(写真:エース候補と目されながら不調に終わったルイス・セベリーノは来季こそ貢献できるか Photo By Gemini Keez)

 大量放出したベテランの代わりの穴埋めとして、夏以降のヤンキースはゲーリー・サンチェス捕手、アーロン・ジャッジ外野手、タイラー・オースティン野手、ルイス・セサ投手といった自前のプロスペクトたちをメジャーの舞台で登用した。

 

 サンチェスは最初の23試合でなんと11本塁打。メジャー最速タイの51試合で20本塁打を放ち、そのパワーを存分に誇示した。加えて昨季はケガで棒に振ったグレッグ・バード(昨季は46戦で11本塁打)も2017年に復帰予定。また、一連のトレードの見返りとして獲得したクリント・フレイザー、ジュスタス・シェフィールド、グレイバー・トーレスといった大型プロスペクトたちも徐々に芽を出してくるだろう。

 

 特にアリゾナ秋季リーグで弱冠19歳ながら打率.403、出塁率.513、OPS.1.158(すべてリーグ1位)を打ち、MVPを獲得したトーレスは楽しみ。このような金の卵をトレードの駒に使うより、大事に育てたいという方針は理解できる。

 

 だとすれば、DH要員として恐らくは4年以上の契約が必要なエンカーナシオンを獲得するのは得策ではない。それよりもベルトラン、マイク・ナポリ(インディアンス)、マット・ホリデイ(セントルイス・カージナルス)、クリス・カーター(ミルウォーキー・ブリュワーズ)といったより安価のベテランを1~2年契約で獲得するのがベターに違いない。

 

 プロスペクトたち中心の航海

 

(写真:グレゴリアス遊撃手も近未来の鍵を握る選手の1人 Photo By Gemini Keez)

(写真:ディディ・グレゴリアスも近未来の鍵を握る選手の1人 Photo By Gemini Keez)

遊撃手

 来季中は主に若手にチャンスを与えながら、あくまでプレーオフ進出を目指す。一気に上位へ進むポテンシャルがあると考えるなら、シーズン中から少しずつ補強に動いても良い。逆に早々と脱落してしまうようなら、マイケル・ピネダ、CC・サバシア、ブレット・ガードナー、チェイス・ヘッドリー、スターリン・カストロ、ジャコビー・エルスベリーらのベテランの放出を画策し、世代交代を進める。キャッシュマンGM以下、ヤンキース首脳陣がそんなシナリオを思い描いているのは容易に想像できる。

 

 2017年は“勝ちながらの再建”を目指し、近未来のチームを長い目で託せる選手を選別するシーズン。1年後にはサバシア、契約期間を残したまま引退したロドリゲスとの契約満了を迎える。給料総額が大幅に減ったところで、満を持して、向こう2年にFAになるブライス・ハーパー(ワシントン・ナショナルズ)、マニー・マチャド(ボルチモア・オリオールズ)、ジョシュ・ドナルドソン(ブルージェイズ)、そして大谷翔平(北海道日本ハム)といった大物の争奪戦に挑もうとしているのではないか。

 

 かつて、“ヤンキース”と“我慢”という言葉が1つのセンテンスに含まれることは滅多になかった。フランチャイズの代名詞である資金にものを言わせ、可能な限りの人材を買い漁るのがチーム作りの基本だった。

 

 しかし、今のヤンキースはこれまでとは違うやり方で強豪の復活を目指している。以前のように即効性のスリルはないが、生え抜きを中心とした若手選手たちの成長を見守る楽しみがある。今夏から始まった新しい旅の終着点がどこになるか、ファンはその航海を少し長い目で見守らなくてはならない。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。

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