1612suzuki8 神奈川大学陸上競技部は「東京箱根間往復大学駅伝競走」(箱根駅伝)を2度制している名門である。だが近年は苦戦が続き、優勝争いはおろかシード権獲得が10年以上遠ざかっている。古豪復活へ――。その鍵を握るのは3年生エースで駅伝主将の鈴木健吾だ。

 

 身長163センチと小さな体躯に大きな期待が寄せられている。現在、大学の陸上長距離界でも、鈴木の存在感は際立っていると言っていいだろう。

 

 日本陸上競技連盟の坂口泰男子マラソンオリンピック強化コーチも「フルマラソン未経験の若手で面白いと思うのは神奈川大学の鈴木健吾です」と彼の名を挙げている。中国電力で油谷繁、尾方剛、佐藤敦之らオリンピック、世界選手権の日本代表ランナーを育てた坂口も注目する逸材。「故障しないですし、ちゃんと真面目にやる印象があります」。鈴木は低迷が続く男子長距離界の希望の星である。

 

 鈴木を指導する神大の大後栄治監督は「向上心というメンタリティ。何せ練習をしますし、果てしなくできる。たくさん走ることに関して、全然ストレスを感じていないんです」と称える。そのタフさやストイックさは大後がこれまで見てきた800人近くいる学生たちと比べても「3本の指に入る。いや、トップかもしれない」と言わせるほどだ。評価するのは身体の強さだけではなく、心の強さもだ。「精神面は強い。崩れませんし、各実業団の監督さんも評価してくださっている。そういった点もマラソン向きなんだと思います」

 

 ここ最近はレースで着実に結果を残している。抜群の安定感は地道な練習で培われているのだろう。“練習は裏切らない”とばかりに努力を怠らない。陸上に対する真摯な姿勢は関係者の誰しもが認めるところ。鈴木も「自分の持ち味はケガをしないこと。コツコツ練習をやって、量も質も反復して力がついてきたのかなと思います」と自らの成長に手応えを掴んでいる。

 

 期待に応えた冷静な走り

 

1612suzuki1 10月15日に東京・立川市で行われた箱根駅伝予選会で、エースの期待に応える走りを見せた。今シーズンの神大は大学の三大駅伝と言われる「出雲全日本大学選抜駅伝」(出雲駅伝)「日本大学駅伝対校選手権大会」(全日本大学駅伝)に出場できていない。箱根行きを逃せば、そのひとつも走れないことになる。

 

「自分たちは全日本の予選も落ちていますし、箱根しか三大駅伝を狙えるところがなかった。予選会は何としてでも。チームの目標は上の方に位置付けていましたが、とりあえず通過は確実にしないといけない」

 予選会は20キロのロードレースを行い、上位10名の合計タイムで競う。上位10校までが本戦への出場権を獲得できる。当然、エース格である鈴木にはチームの貯金をつくることが求められていた。監督の大後からも日本人トップを義務付けられていたという。

 

 スタートから先頭集団を引っ張ったのは各大学の留学生ランナーたちだ。日本大学のパトリック・マゼンゲ・ワンブィ、桜美林大学のレダマ・キサイサ、創価大学のムソニ・ムイルらがリードした。5キロ通過は14分20秒台。「最初は早いペースで入ってしまったのですが、気持ち的にはゆとりがあった」と鈴木は振り返る。

 

 それでも無理に深追いはしなかった。すると自然と集団は2つに分かれた。

「“いけるかな”とも思ったんですけど、後半のことを考えて落ち着いていた方がいいかなと。そこでいい感じで集団が留学生と日本人で分かれました。そこで落ち着いたので、休憩できたのが大きかったです。少し気持ち的にゆとりがあって、9キロぐらいでいける感覚はありました」

 

 59分切りを目標にしていた鈴木は冷静にレースを組み立てた。スタート時の気温は19度。照り続ける日差しが選手たちを苦しめる中、暑さにも強い彼は淡々と走った。力強く、そして安定したフォームで他の日本人選手をぐんぐん突き放し、ムイルと競りながら落ちてくる留学生もかわしていった。10キロから15キロまで、15キロから20キロまでのラップタイムは14分40秒。最後まで安定した走りとペースを刻んで、ラストはムイルを置いていった。

 

 結果はワンブイ、キサイサに次ぐ3位。最低限のノルマとされていた日本人トップもクリアした。58分43秒のタイムは日本人歴代3位の好記録だ。上の2人はリオデジャネイロ五輪にトラック種目で出場した旭化成の村上紘太(当時・城西大学)、世界ハーフマラソン選手権日本代表のSGホールディンスグループ・木原真佐人(当時・中央学院大学)。その頃、学生長距離界を牽引していたエースに迫るタイムを叩き出したのだ。

 

 鈴木の活躍もあって、神大は全体5位に入り、7年連続48回目の箱根駅伝本戦出場が決まった。鈴木は「距離に対する不安もなかったのですし、しっかり練習を積めていました。59分というタイムをターゲットにして、日本人トップを最低限に置いていた。それを達成できたのは自信になりました」と語る一方で、「厳しい現実を突き付けられた」とも言う。

 

 それはキャプテンとして、エースとして、あくまで予選会は「通過点」ととらえているからだ。全体5位という結果にも納得はしていない。

「神大は毎年予選会を通過していますが、本戦では結果が出ていないので、満足すべき位置じゃないというのは自分的にもチーム的にも感じています。予選会の走りのままでは本戦で通用しないなと」

 本戦に向けては、自らもチームにも底上げが必要だと考える。飽くなき向上心が彼の進化を支えている。

 

 そんな鈴木が陸上を始めたのは、小学生6年になってからだ。それも全国高等学校駅伝競走大会にも出場経験のある父から薦められてのもの。監督、コーチを始め先輩からも練習熱心でストイックな姿勢は一目置かれている鈴木だが、はじめから陸上に夢中になっていたわけではなかった。

 

(第2回につづく)

 

1612suzuki5鈴木健吾(すずき・けんご)プロフィール>

1995年6月11日、愛媛県宇和島市生まれ。小学6年時に陸上を始める。城東中学を経て、宇和島東高校に入学。3年時にはインターハイに出場し、5000メートルで10位に入った。同年は全国高校駅伝にも出場した。14年に神奈川大学に進学し、1年時の全日本大学駅伝で三大学生駅伝デビューを果たす。15年の箱根駅伝は6区、16年は2区を走った。今シーズンは3年生ながら駅伝主将を任される。関東インカレ2部の1万メートルで3位入賞。箱根駅伝予選会では日本人トップ、総合3位の好成績でチームの本戦出場に貢献した。身長163センチ、体重46キロ。

 

(文・写真/杉浦泰介、競技写真提供/神奈川大学)

 

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