その日、木山ショックが県内を駆け巡った……。

 11月18日、木山隆之監督が今シーズン限りで退任することを、愛媛FC事務局が発表したのである。


 クラブ側は慰留していたようだが、監督本人の意思は固く決まっていた模様で、シーズン最終戦前での発表となった。
 
 2015年に愛媛FCの監督に就任した木山隆之さん。不正会計処理の問題で、クラブの運営組織が大きく揺らいでいた真っ只中でのチームへの合流だった。何の罪もない木山監督だったが、シーズン前の様々な公の場において、チームを率いる代表として、(クラブの問題に関し)深々と頭を下げ、謝罪する姿が痛々しかったのを鮮明に覚えている。

 そんな屈辱とも捉えられる境遇の中、始動した2015シーズン。世間からの逆風に身を置きつつ、限られた予算の中で、いろいろな工夫を施しながら、チームを強化していった。それまで毎年行っていた「鹿児島キャンプ」を取り止め、梅津寺の浜辺(砂浜)を利用した体力強化のトレーニングに時間を費やしたり、対外試合に出向き、日帰りでの遠征に身体を慣れさせたりと開幕前から、とてもハードな日程をこなしていた。

 その成果か、例年夏場に弱いイメージのチームだったが、蒸し暑い気候の中での試合においても、相手チームに走り負ける様なことは、無くなっていた。

 

 また、試合日が近づくと、対戦相手を徹底研究し、非公開のトレーニングを行うなど、今まで、どの監督も試さなかったような「戦いの準備」を木山監督は行ってきた。


 もちろん、監督を信じ、その厳しさに最後まで食らい付いていった選手たちも素晴らしかった。

 監督・スタッフの工夫と選手の努力が実を結び、(2015シーズン)チームはJ1昇格プレーオフ進出を成し遂げたのである。


 木山監督は、今まで愛媛FCが経験できなかったような高みまで、クラブと私たちサポーターを導いてくれた。その実績が世間からも認められ、クラブ運営に対する批判的な視線も、いつしか和らいでいった。

 翌2016シーズンも木山体制は変わらず、引き続き、選手たちにハードワークを要求した。開幕時には、シーズンを乗り切る体力を身に付け、自信をみなぎらせる選手たちの逞しい姿をサポーターにも見せてくれた。


 J1昇格プレーオフを経験したことで、毎試合粘り強く戦えるチームに一回りも二回りも成長しているように思えた。結果としてシーズンを通し、引き分け試合が多かったものの、手に汗握る接戦が展開され、試合が終わるまで負けを意識するようなことはほとんど無かった。

 そして11月20日(日)、J2リーグの2016シーズン公式戦が終了した。それは同時に木山監督との別れを意味する時でもある。

 2016シーズン、愛媛FCは「12勝10敗20引き分け(勝ち点56)」でリーグ戦10位という戦績に終わった。今季は、J1昇格プレーオフには手が届かなかったが、終盤戦まで、上位進出を期待させる戦い振りで、最後までサポーターを楽しませてくれたと思う。

 木山監督は最終戦終了後のセレモニーでサポーターやファンに向けて挨拶を行った。

「2年前に、ここにやって来ました……」

 

 涙で言葉を詰まらせた。もう一度、顔を上げ「自分にオファーをしてくれた、このクラブを必ず上位に引き上げようと思って全力で頑張ってきました。(今シーズン)力不足でプレーオフに導くことができず本当に申しわけありません。また、新しい指揮官の下、今までの歴史をどんどん塗り替えていって欲しいと心から願っています。この2年間、私と選手たちに与えてくれた以上の声援を、どうぞ宜しくお願いします。本当に2年間ありがとうございました」と語った。

「ギンギラギンにさり気なくー! さり気なくー! 木山隆之!」

 サポーターによる木山監督を称えるチャントがスタジアムに木霊する。夕暮れの中、大勢のサポーターやファンが、いつまでも監督との別れを惜しんだ。

 クラブがつらい状況に陥っていた中、チームを救ってくれたのは、まさしく木山隆之監督です。貴方の頑張りで、皆が明るさを取り戻し、クラブを取り巻く環境も良くなりつつあります。また、愛媛を愛する人々へ、沢山の夢や希望を与えることもできたと思います。恩人として生涯、貴方を忘れることはないでしょう。今後の活躍にも期待しています。こちらこそ、2年間ありがとうございました。

 

<松本 晋司(まつもと しんじ)プロフィール>

1967年5月14日、愛媛県松山市出身。愛媛FCサポーターズクラブ「Laranja

Torcida(ラランジャ・トルシーダ)」代表。2000年2月6日発足の初代愛媛FCサポーター組織創設メンバーであり、愛媛FCサポーターズクラブ「ARANCINO(アランチーノ)」元代表。愛媛FC協賛スポンサー企業役員。南宇和高校サッカー部や愛媛FCユースチームの全国区での活躍から石橋智之総監督の志に共感し、愛媛FCが、四国リーグに参戦していた時期より応援・支援活動を始める。


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