伊藤: 現在、乙武さんは練馬区の保育園の運営に携わっています。子どもたちの教育にスポーツが担う役割は大きいのではないでしょうか?

乙武: そうですね。スポーツは個人競技であれ団体競技であれ、共通しているのはルールを守るということ。言葉や育ってきた環境、文化が異なる人たちが平等にスポーツをするには、きちんとルールを守る必要があります。グローバル化がすすめば、よりその部分は重要になってくるわけです。そういう点で子どもたちがスポーツに取り組むことで学ぶことは非常に多くあると思いますね。

 

伊藤: 乙武さん自身、さまざまなスポーツを経験されています。

乙武: はい。中学時代はバスケットボール部、高校時代はアメリカンフットボール部に所属していました。そこで身に付けたことや学んだことというのは今の自分にとって、とても大きいと感じています。障害の有無に関係なく、人としてスポーツに取り組むことで得るものはたくさんありますよね。

 

二宮: 確かに遊びやスポーツの中でルールを守ることが、ひいては大人になってからの秩序ある社会生活につながるわけですよね。しかし、私見を述べさせてもらえば、日本人はルールを守ることは得意だけれども、状況や環境に応じてルールを変更することに関しては苦手です。例えば、私が子どもの頃は近所の子たちが集まって草野球をやっていました。その中で小さい子や女の子がいたら「ピッチャーは利き手とは反対の手で投げる」とか、みんなが楽しめるように何かしらの工夫をしていました。ところが今は、最初から野球教室やサッカースクールに通うので、決められたことしかできない。確立されたルールの中にだけいると、ルールのセッティング能力が退化するのではないでしょうか。

 

乙武: なるほど、確かにそうですね。今、二宮さんの話を聞いて思い出したのが、僕の子どもの頃にあった"乙ちゃんルール"です。例えば、野球であれば、僕はバットを脇の下に挟んで、振ることはできるんです。でも、いくらいい打球を打っても、足は非常に遅いので、どうしてもアウトになってしまう。そこでみんなが考えてくれたのは、僕の打席の時には左打席に代走の子が控えていて、僕が打った瞬間にその子が走ってくれるという変則ルールでした。

 

二宮: それは面白い! まさに遊びから出た子どもの自由な発想ですよね。

乙武: それから普通は外野の頭を越えたらホームランというふうにしていたんですけど、僕の打球はどんなに遠くへ飛ばしても、せいぜい内野の頭を越える程度なんです。ところがある時、僕の打球が内野の頭を越えたのを見て、友人の一人が「今の打球は乙ちゃんにしてみれば、ホームランだよね!」と言ってくれたんですね。そしたらそれを機に、僕に限っては内野の頭を越えたらホームランというルールに変えてくれたんです。

 

二宮: 他に、例えばサッカーだったらどうしていたんですか?

乙武: サッカーの場合は、僕は車椅子を降りて、自分のお尻で歩くようにしてフィールドを動いて、ヒザまでの足でボールを蹴っていたんです。でも、他の友達のように速くは走れないし、強いキックも蹴ることはできない。ですから、普通のルール上では僕にボールが回ってくることはないんです。そこで、また"乙ちゃんルール"ができました。僕がシュートを決めたら、一気に3点入るんです。そしたらみんなこぞって僕にパスを回してきましたよ(笑)。

 

伊藤: それが大人からのものではなく、子どもたちが自然に考えていたというのがいいですよね。いい環境で育ってこられましたね。

乙武: そうですね。普通のルールでやっていれば一緒に遊べない僕が、みんなと楽しむことができるようにしてくれた。僕がスポーツに親しむ環境を友人たちがつくってくれたんだなと今はすごく感謝しています。

 

二宮: そういうルールセッティング能力は子どもの時に身に付けておかなければ、大人になってからでは遅いと思うんです。

乙武: そういう意味では僕は自然と身に付けてこれたのかもしれませんね。

 

伊藤: でも、そうやって子どもの時にルールセッティング能力を自然と養うことができたわけですから、ご友人にとっても乙武さんがいた環境というのは大きかったのではないでしょうか。

乙武: そう思ってもらえれば嬉しいですね。身体的にハンデのある方と接する時に、僕のことを思い出して、「こういうふうに変えれば、一緒に楽しむことができる」という発想をしてもらえていたらなと思います。

 

(第3回につづく)

 

乙武洋匡(おとたけ・ひろただ)プロフィール>

1976年4月6日、東京都生まれ。早稲田大学在学中、先天性四肢切断という障害をもちながら生きる半生をつづった『五体不満足』が500万部を超す大ベストセラーとなる。卒業後はフリーのスポーツライターを経て、2007年から3年間、小学校教諭を務めた。現在は練馬区で保育園「まちの保育園」を運営している。著書は『W杯戦士×乙武洋匡』(文藝春秋)、『残像』(ネコ・パブリッシング)、『年中無休スタジアム』(講談社)、『だいじょうぶ3組』(講談社)、『オトことば。』(文藝春秋)など多数。


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