サイパンを疾走する白戸太朗

(写真:サイパンというロケーションは最高で、走っていても気持ちが良い)

 私事であるが、今年、自社でサイパンでのトライアスロン大会を開催することになった。日本から近くて美しいこの島でのスポーツイベントは相当数参加してきたが、「サイパンでのビジネスは難しい」と散々聞いてきた中での開催だ。でも、今回は火中の栗を拾う、いやそれ以上にサイパンへの想いが強かったのかもしれない。

 

 サイパンは皆さんがご存知の通り、グアムのすぐ近くにある伊豆大島の2倍程度の小さな島。周りの島々と合わせて北マリアナ諸島として知られている。成田から約4時間のフライトと近いが、南国風情を味わえるとして、1980年代から観光客はうなぎ上り。97年のピーク時には年間73万人が訪れるまでになった。日系企業もたくさん進出し、ホテルや飲食、観光業の多くが日本資本となっていった。

 

 ところが、2000年を過ぎたころから風向きが変わり始める。韓国、中国の進出、ビジネスにおけるハードルの高さなどが原因と言われているが、徐々に日本企業が離れ、それに伴い直行便が減り、観光客が減っていくという結果に陥った。近年では日本人の数は10万人を切っているといわれ、ピーク時の勢いや雰囲気はその面影さえもない。

 

「サイパンの砂がお金を吸い込む」とまで言われたサイパンでのビジネス。土地が買い取りでなく借用だけであるとか、基地がないためにアメリカの資本がグアムに流れたとかいろいろと言われているがそれだけではない。ハワイ以下国内以上と言われたブランディングにも問題があったと思うし、韓国、中国の進出が熱を冷ましたのも事実だろう。

 

 ともあれ、もはや日本人が行きたいリゾートとは言えなくなったサイパンだが、そのおかげで自然環境は今でも豊かである。グアムより格段に綺麗な海、深い緑などを見ていると、もしかして栄えないことは悪くないのかもと思えてしまう。人間の繁栄と自然環境の維持の難しさを、ある意味表しているような場所だともいえる。

 

 かつては“スポーツ天国”だった

 

サイパンを駆け抜ける白戸太朗

(写真:突然の依頼にもサイパンに魅力があるからこそ引き受けた)

 そんな自然環境豊かで、人のいいチャモロの人々がいるサイパンはスポーツ天国でもある。古くはプロ野球やJリーグのキャンプ地であったし、様々なスポーツ選手が冬場のトレーニングに訪れる場所であった。

 

 しかし、その後はグアムや日本国内に吸収されていくのだが……。スポーツイベントも多くあり、トライアスロンやランニング、自転車レースなどもローカル主導で行われてきた。でも、どれも「ローカル」の域を出ないものばかり。直行便の減少、雰囲気の変化が日本人を意識した大会の造成にブレーキをかけしまったのであろう。1980年代に始まったタガマントライアスロンも、当初は400人程度の日本人が参加していたが、日本人の減少で日本の主催者が引き、地元が細々と開催しているという状態だ。現在の観光メインターゲットである韓国や中国の人たちが参加型のスポーツにあまり参加しない現状では厳しい事態であることは間違いない。

 

 そんな中で、いきなり降ってきた今回の話だ。ある日本企業が大会の開催を模索していたが、発表直前にキャンセルしてしまった。困ったのが、その大会の現地調整を頼まれていたマリアナの政治、スポーツに強い方である。あちこちに自らの人脈を使い大会開催への道筋を立てたのに、“ドタキャン”になったのでは自分の立つ瀬がない。急きょ連絡を受けた僕は、20数年前からお世話になっていた方の相談を断れず……開催を引き受けることになってしまった。

 

 だが、恩義だけでなく、サイパンの魅力を知っていたからこそ引き受けたのだ。この海、緑、そしてなにより人のいいチャモロの人々。それらを思い浮かべると、“ここでこそ開催すべき”だと感じるし、“個人的にもあそこへ行きたい”という想いがあった。気が付くと開催の方向へ進み出していた。

 

 短い準備期間での開催は大変だ。募集だってままならない。覚悟していた通り前途多難なスタートになっているが、この景色の中で走っているとそんなことはどうでもいいのではとも思えてくる。

 

 近年、旅は目的型になってきている。

 つまり、なんとなくその場所へ行くのではなく、なにかをするためにその場所に向かうということ。その意味でスポーツは最適だと思う。その場所だからできるスポーツ、その場所だからこそより楽しめるスポーツがある。アウトドア系のスポーツはまさにその典型と言えよう。サイパンでやるからこそ気持ちが良い。だからこそサイパンでやるべきだと思え、その開催のために汗をかく価値があるのではないか。

 

 この地の魅力を知ってもらうために、あとひと踏ん張り。トライアスロンの魅力を知ってもらうためにもうひと踏ん張りだ。

 まだまだリゾートを楽しむ時間はお預けらしい……。

 

参考資料 Ironman 70.3 SAIPAN

 

白戸太朗(しらと・たろう)プロフィール

 スポーツナビゲーター&プロトライアスリート。日本人として最初にトライアスロンワールドカップを転戦し、その後はアイアンマン(ロングディスタンス)へ転向、息の長い活動を続ける。近年はアドベンチャーレースへも積極的に参加、世界中を転戦していた。スカイパーフェクTV(J Sports)のレギュラーキャスターをつとめるなど、スポーツを多角的に説くナビゲータとして活躍中。08年11月、トライアスロンを国内に普及、発展させていくための会社「株式会社アスロニア」を設立、代表取締役を務める。著本に『仕事ができる人はなぜトライアスロンに挑むのか!?』(マガジンハウス)、石田淳氏との共著『挫けない力 逆境に負けないセルフマネジメント術』(清流出版)などがある。

>>白戸太朗オフィシャルサイト>>株式会社アスロニア ホームページ
◎バックナンバーはこちらから