ロンドンパラリンピック競泳(100メートル背泳ぎS11・全盲)金メダリストの秋山里奈さんは現役引退後、都内にある外資系の製薬会社に勤務している。通勤のための交通手段は電車だ。

 

 使い慣れている駅なら問題ないが、使い慣れない駅の場合、白杖を持っていても転落の恐怖を感じることがあるという。「特に注意が必要なのは(ホームでの)線路の前。白杖で慎重に確認するのですが、よほど深く探りを入れないと階段と間違えてしまうことがある。“ここは階段かな”と思って前に出ようとした瞬間、“そっちは線路ですよ。危ないですよ”と駅員さんに止められ、ヒヤッとしたこともあります」。そして、次のような提案も。「これは視覚障がい者じゃないと気が付かないことかもしれませんが、実は階段の前の点字ブロックも線路の前のそれも同じなんです。でも階段を踏み外した時と線路へ落ちた時とでは全然リスクが違う。できるなら分けた方がいいかもしれません」

 

 さる1月14日、JR京浜東北線蕨駅で盲導犬を連れた全盲の男性が線路に転落し、列車と接触して死亡した。駅のホームに転落防止用のホームドアは設置されていなかった。残念なことにこうしたニュースは珍しくない。それが余計に事の深刻さを物語っているとは言えまいか。

 

 国土交通省によると視覚障がい者がホームから転落した事故は全国で80件(2014年度)発生している。社会福祉法人日本盲人会連合が2011年2月に実施したアンケートでは、回答者の37%にあたる92人がホームからの転落事故を経験している。秋山さんの場合、「ヒヤッ」で済んだが、駅員が声をかけていなかったら最悪の事態を招いていた可能性も否定できない。

 

 東京オリンピック・パラリンピック開幕まで3年半となった今、「心のバリアフリー」という言葉を目にしない日はない。通りはいいが、ややもすると抽象的に過ぎる。今求められているのは、これ以上被害者を出さないための具体策である。

 

 先のアンケートでは約90%の視覚障がい者がホームドアの設置を求めていた。また、齢をとれば視力も落ちる。足腰も弱くなる。ホームドアの設置は、さらに進む超高齢社会への備えともなる。そして、それこそは本当の意味での「レガシー」だろう。

 

<この原稿は17年1月25日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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