トランプ政権の閣僚として最初に来日したジェームズ・マティス国防長官のニックネームは“マッドドッグ”。すなわち“狂犬”である。昨年12月、次期大統領の身分のトランプが次期国防長官として、リングアナよろしく「MAD DOG」と呼びあげるシーンは、さながらプロレス会場のひとコマのようだった。もっとも“マッドドッグ”には勇猛果敢という意味もあるらしい。少なくともホワイトハウスの主よりも発言は安定している。

 

 一昔前、“狂犬”の異名をとったプロレスラーがいた。その名もマッドドッグ・バション。フランス系カナダ人だ。アマレスで鳴らした正統派ながらラフファイトにも滅法強く、60年代後半から70年代にかけて日本でも暴れまくった。彼は晩年、ニューヨークを本拠とするWWFに進出し、2010年にはその後身にあたるWWEで殿堂入りを果たしている。

 

 さてWWEと言えばトランプとも浅からぬ縁がある。オーナーであるビンス・マクマホンとの抗争「バトル・オブ・ザ・ビリオネアーズ」(億万長者の戦い)は人気を博した。トランプがテレビのリアリティショーで叫んだ「ユー・アー・ファイヤード」(おまえはクビだ!)は本はと言えばマクマホンの決めゼリフである。

 

 もっともマクマホンの決めゼリフも、彼のオリジナルではない。この過激なセリフでメディアをにぎわし続けたMLBの名物オーナーがいた。7年前に他界したヤンキースの“暴君”ジョージ・スタインブレナーだ。ケンカ早いビリー・マーチンとの口論はつとに有名で、マーチンは5回解雇され、4回復帰している。ともに直情家ゆえの顛末である。

 

 MLB関係者に聞くと、同じドイツ系ということもあってトランプは昔からスタインブレナーの支持者で、ヤンキースタジアムにもよく観戦に訪れていたという。暴君のもとで12シーズン指揮を執ったジョー・トーリの上司評が興味深い。<私はテッド・ターナー(ブレーブスオーナー)のもとでも、オーガスト・ブッシュ(カージナルス元オーナー)のもとでも働いたことがあるが、ジョージのもとで働くほうが楽だった。話を聞いてもらえる場があるからね。話ができるし、会いにも行ける。自分の意見を伝えることもできる。ほかの2人は、声すらかけられなかったよ>(『さらばヤンキース』)。願わくば新大統領にも、そうあって欲しい。

 

<この原稿は17年2月8日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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