170210名木さん第2回 高知県の東部に位置する安芸市は冬場でも平均気温が10度近く温暖な気候である。プロ野球・阪神タイガースの2軍キャンプ地としても有名だ。この土地で生まれ育った名木利幸は「この時期は黄色い旗が揺れていますよ」と笑いながら出身地を説明する。

 

<2017年2月の原稿を再掲載しています>

 

 今でこそタッチライン沿いを激しく上下動する名木だが、幼少期は体が小さく、体力もなかった。「習字とそろばんを習っていました。小学校に男の子が30人くらいいたのですが、4年生まではマラソン大会は下から4番目くらい」

 

 文科系だった名木少年がサッカーを始めたのは5年生の時だった。「僕がやりたそうにしていたんでしょうね。母が“やってみたら?”と勧めてくれました」と名木は語る。ポジションは右サイドバックだった。サイドバックで鍛えられたおかげだろう。下から数えた方が早かったマラソン大会では、10~15番にまで順位を上げるほど、名木少年はめきめきとスタミナをつけた。

 

 進学した中学校にはサッカー部がなかった。「サッカーをしたかったですねぇ……」と名木は中学時代を残念がった。3年間を陸上部員として過ごした名木は、高知工業高等専門学校(高知高専)に進んだ。

 

 高知高専は5年制で、私立として開校したが後に国立に編入された唯一の高等専門学校である。高知高専ではサッカー部に入部する。名木によれば「5年生の時に初めて体育科の先生がサッカー部の顧問を担当してくれました。それまでは自分たちで練習メニューを考え試合に挑んでいたので、新しくサッカーを学べることがとても嬉しかったし、何より充実していました」と当時を振り返った。

 

加速する“審判・名木”誕生物語

 

 この環境こそが、名木が審判を目指す1つのきっかけとなる。名木は2年生の時にサッカー4級審判員の資格を取得している。審判員4級取得のきっかけを名木はこう語った。

 

「県のサッカーリーグに加盟するにあたって登録審判員というものがあるんです。毎年何名か審判員として登録しないと県のサッカーリーグに登録できない。リーグを運営するためには各チームが相互審判で行います。その関係で“オマエが行け”と御鉢が回ってきた感じです」

 

 この4級取得を皮切りに名木の級は上がっていく。4年の3月には3級を取得。その5カ月後には2級を取得した。2級審判員はJFLの1つ下のカテゴリーにあたる地域大会の主審・副審を務めることができる。短期間での昇級理由を名木は「4年の時にサッカー部の部長になったんです。そうすると、必然的に審判をやることが多くなった。できることなら、自分がプレーしたレベルより少しでも高いレベルで(審判を)やってみたいという思いがありました」と語る。

 

 名木は高知高専を卒業。就職先は三菱化学の坂出事業所だった。しかし、審判としてサッカーに携わりたい名木はある決断をする。「(三菱化学の坂出事業所には)3年間勤めました。仕事も楽しかったし、職場もよかった。でも将来的なことを考えたら、サッカーの審判で何とかやっていきたかった」

 

 母校の高知高専関係者にサッカー審判員への情熱が冷めていないことを明かした。すると、「学校で技術職員のポストが空いているから、オマエ、帰ってくるか?」と声が掛かった。

 名木は母校で物質工学科の技術職員として働きながら、1996年12月に1級審判員の資格を取得した。「僕らの時代は1級を取得してすぐにJリーグ担当になれる方と、1級を取って実績を積んでからJリーグを担当する方といました。僕は1級を取得してから、1年後にJリーグ副審を任せて頂けるようになりました」

 

 名木は98年にJリーグの副審デビューを果たし、今ではJ1副審担当試合は通算300試合を超える。2016年Jリーグアウォーズでは最優秀副審賞も受賞した。日本が誇る名副審である。

 

 タッチライン沿いから試合を裁く名木の目に、Jリーグはどう映っているのか――。

 

(第3回につづく)

>>第1回はこちら

 

170206名木さんプロフ名木利幸(なぎとしゆき)プロフィール>

1971年11月29日、高知県安芸市生まれ。96年に1級審判資格を取得し、Jリーグで副審を務める。2003年から国際副審として国際サッカー連盟(FIFA)に登録。09年には日本サッカー協会(JFA)プロフェッショナルレフェリー。14年FIFAワールドカップでは開幕戦のブラジル対クロアチアの試合を担当した。16年7月9日のJ1セカンドステージ第2節、浦和レッズ対柏レイソル戦でJ1通算副審担当試合数が300に到達。16年Jリーグアウォーズにて最優秀副審賞を受賞。高知県の観光特使も務める。

 

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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