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(写真:約3万6000人が都庁をスタート。完走率は96% (C)東京マラソン財団)

 26日、8月の世界選手権(イギリス・ロンドン)男子日本代表選考会を兼ねた「東京マラソン2017」が東京都庁前から東京駅前までの42.195kmで行われ、ウィルソン・キプサング(ケニア)が2時間3分58秒の大会新で優勝した。キプサングは国内レースでの最高記録を更新。2位にギデオン・キプケテル(ケニア)が1分53秒差、3位にはディクソン・チュンバ(ケニア)が2分27秒差で入った。日本人トップは井上大仁(MHPS)が2時間8分22秒で全体8位だった。

 

 女子エリートの部はサラ・チェプチルチル(ケニア)が2時間19分47秒の大会新で制した。車いすの部男子は渡辺勝(TOPPAN)が1時間26分で優勝。リオデジャネイロパラリンピック金メダリストのマルセル・フグ(スイス)に競り勝った。女子はアマンダ・マグロリー(アメリカ)が1時間43分27秒で制した。

 

 コース変更で高速化へ加速

 

「さすが世界のトップ選手。これが世界の走りだとまざまざと見せつけられた」

 日本陸上競技連盟の瀬古利彦長距離・マラソン強化戦略プロジェクトリーダーと大会を総括した。終わってみれば、表彰台はケニア勢が独占。7位までがアフリカ勢だった。

 

 今年の東京マラソンは都庁をスタートし、湾岸エリアと向かう旧コースから都市部を周回するコースに生まれ変わった。終盤のアップダウンがなくなり、海風も選手の走路を邪魔しない。主催者側も7人のペースメーカーを用意するなど好記録に向けてアシストする構えだった。スタート地点の気象条件は11.5度。アフリカ勢の世界記録更新、日本勢の好タイムが期待された。

 

 3パターンを準備したペースメーカーの最速は1km2分54~55秒に設定し、30 km地点までランナーたちを先導した。新コースの影響もあったのか、序盤のペースメーカーは“掛かり気味”だった。1kmを2分46秒という世界記録よりも早いペースで、レースが展開された。このハイペースについていったのはキプサング、キプテケテル、チュンバらだった。

 

 日本勢は井上、設楽悠太(Honda)が先頭集団に食らいつこうと、追いかけた。そのほか今井正人(トヨタ自動車九州)、服部勇馬(トヨタ自動車)ら国内有力選手はペースメーカーの佐藤悠基(日清食品グループ)が作る3分台のペースに乗った。

 

 先頭グループの5km通過は14分14秒。これは世界記録よりも28秒早いペースだ。10 km通過で6秒、10 km通過で2秒縮めた。依然としてアフリカ勢が引っ張り、徐々にペースが落ち着き始めても30km通過時点までは世界記録ペースのまま推移した。ここでペースメーカーが離れると、キプサングとチュンバのマッチレースの様相を呈した。

 

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(写真:今年もキプサング<左>をはじめケニア勢の独壇場 (C)東京マラソン財団)

 ロンドン五輪銅メダリストで、元世界記録保持者のキプサング。自己ベストの2時間3分13秒は世界歴代4位だ。「更新できたとしてもサプライズではない」と自信を覗かせていた34歳のケニア人は、34.6kmでチュンバを突き放し、一人旅へ立った。

 

 35 km通過は世界記録のペースからは30秒以上遅れ始めたものの、単独走は続く。30~35 km、 35~40 kmの5キロはいずれも15分台でまとめた。ツェガエ・ケベデ(エチオピア)が2009年福岡国際マラソンで記録した2時間5分18秒の日本国内レース最高記録は優に上回れるペース。そのままライバルたちに影をも踏ませることなく、2時間3分58秒でフィニッシュテープを切った。

 

 月桂樹を被って、記者会見に臨んだキプサングは「いいレースを展開することができた。勝てて非常にうれしく思っています。東京では初めてのレースでしたが、また戻ってきたい」と喜んだ。自身4度目の2時間3分台。「マラソンランナーとしてのキャリアは遅かった。まだのびしろがある」と更なる飛躍を誓った。

 

 若手が積極的な走りでアピール

 

 昨年はリオデジャネイロ五輪の選考会を兼ねており、有力選手が日本人トップを意識するあまり消極的な走りが目立った。今年は24歳の井上、25歳の設楽と若手が積極的な走りを見せた。

 

 設楽は今回が初マラソンだが「初マラソンということは意識していない。走るからには勝負しに来ている」と口にすれば、井上は「どれだけ海外勢と勝負できるか」をテーマにレースに臨んだ。

 

 流石に世界記録ペースについてはいけなかったが、1km3分を切るペースで序盤は走った。設楽は日本記録を大きく上回る快調なペースで進む。2分58秒台で設定されたペースメーカーは先頭に吸収されていたため、目印がいない難しさはあった。五輪&世界選手権ではペースメーカーがいないことを考えれば、自力でペースをつくる力が求められる。井上は「切り替えて自分のペースに持っていった」と無理に前を追わなかった。

 

 日本人トップを独走する設楽だったが、「30km以降は身体が動かなかった」と初マラソンの“壁”にぶつかった。ペースダウンし、日本記録ペースよりも遅れ始めると、37.6km付近で井上に追いつかれた。「前を行かれた時からずっと“いつか追いつける”と気持ちに置いて走っていました」と井上。メンタル的にも追いついた井上の方が明らかに優位だった。一旦は並走した設楽は「抵抗できずに終わってしまった」と粘り切れず、井上に先を許した。

 

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(写真:積極的な走りで日本人最高位となった井上<左> (C)東京マラソン財団)

 井上は「最後まで粘れば勝てると思った」と余力は十分でなくても、気持ちは十二分に残っていた。「30kmからの粘りは“練習でやってきたことを出せば大丈夫だ”と言い聞かせながら追い上げることができました」。2度目のマラソンとなる井上は、このまま日本人トップを守り抜いた。2時間8分22秒は日本陸連が定める派遣設定記録(2時間7分)には届かなかったものの、自己ベストを4分以上も更新した。

 

 瀬古プロジェクトリーダーは井上を「前半10kmまで積極的で後半まとめた。24歳という若さもあるので、3年後の東京五輪に近付いた」と高く評価。終盤35kmから40kmまでの5キロは全体で2番目に速い15分46秒をマークした。河野匡長距離・マラソンディレクターも「ゴールを見越した走りで冷静だった」とレースプランを褒めた。

 

 陸連幹部のコメントからも井上が8月の世界選手権出場へ大きく前進したと言っていい。過去2大会の選考会日本人トップは福岡国際マラソンの川内優輝(埼玉県庁)が2時間9分11秒、別府大分毎日マラソンの中本健太郎(安川電機)が2時間9分32秒。記録の上では最速だ。井上自身は「選んでいただければひとつひとつの機会を大事にしたい」と口にしたが、「うれしさ半面、まだまだやることがある」と課題も見つかったようだ。

 

 入社2年目の24歳。井上は山梨学院大学やMHPSを選んだのもマラソンで勝負するためである。「弾みがついたところはあるが、ここに満足せずに次のステージを目指したい」と意気込む。MHPSの黒木純監督が「いいバネをしている」という走りで、井上は更なる高みを目指す。

 

 女子でも2時間19分台の好タイムが飛び出した11回目の東京マラソン。コース変更により高速レース化へ確実に進んでいくだろう。男子エリートで優勝したキプサングが「諸条件が整えば、東京でも世界記録が出せるコース」と語ったように世界トップクラスの速さを体感できるレースとなった。

 

(文/杉浦泰介)