(写真:ロとチャベスはアメリカ複数都市、メキシコを回る会見ツアーを行うなど、ライバル対決は話題沸騰している Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

(写真:カネロとチャベスはアメリカ複数都市、メキシコを回る会見ツアーを行うなど、ライバル対決は話題沸騰している Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

・5月6日 ラスベガス T-モバイルアリーナ
スーパーミドル級(契約ウエイト164.5パウンド)12回戦

WBO世界スーパーウェルター級王者
サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ/26歳/48勝(34KO)1敗1分)
vs.
元WBC世界ミドル級王者
フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ/31歳/50勝(32KO)2敗1分)

 

 5月のシンコ・デ・マヨ(メキシコの祝日)周辺には毎年ビッグファイトが組まれるのが恒例だが、今年はメキシカンのライバル対決が用意された。“カネロ”の愛称で親しまれる人気者と、偉大な父を持つチャベスJrが激突。ネームバリューは抜群の者同士だが、背景的にはちょっと微妙なカードでもある。

 

 カネロは昨春に「本格的なミドル級の身体を作る時間が欲しい」と表明し、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)との対戦を避け、ミドル級からスーパーウェルター級に戻った経緯がある。それにも関わらず、ここで一気にスーパーミドル級の範囲内まで昇級。ここまで露骨にゴロフキンの周囲を迂回すれば、マッチメークに批判を浴びても仕方あるまい。

 

 一方、チャベスJrは、2012年9月にWBC世界ミドル級タイトルを失って以降は低迷気味。頻繁に計量失敗を繰り返し、そのプロ意識に疑問を呈する声は後を絶たない。現時点でのチャベスJrは、HBO PPVでメインイベントを張るべき選手ではないと酷評されても当然だろう。

 

 絶好の試金石となる“伝説の息子”

 

(写真:最近は株が大きく下がったチャベスだが、一時はカネロ以上に期待された時期もあった Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

(写真:最近は株が大きく下がったチャベスだが、一時はカネロ以上に期待された時期もあった Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

 ただ、これほど突っ込みどころ満載のマッチメークながら、この試合はボクシングファンの間で比較的好意的に捉えらえている感がある。それはいったいなぜなのか。詳しく掘り下げていくと、3つの根拠が見えてくる。

 

1、チャベスJrは体格的に恵まれており、カネロにとってゴロフキン戦前の格好の練習台になる

 

 これまで紆余曲折あったが、カネロとゴロフキンが9月に対戦の線で交渉を進めているのは事実のようである。カネロをプロモートするゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)にとってはまずは予定通りと言える。

 

 しかし、昨年までWBC世界ミドル級王座を保持していたにもかかわらず、カネロはまだ160パウンドのミドル級リミットで試合をした経験が一度もない。そんな26歳の2階級制覇王者にとって、過去5戦はすべて167パウンド以上で戦ってきたチャベスJrとの対戦は格好の試金石になる。

 

 会見の写真などを見れば明白な通り、チャベスJrはカネロよりもひと回り大きい。計量後の規制はないため、チャベスJr本人は試合当日には180パウンド前後の体重でリングに上がることを明言している。GBPはこれまで慎重にやや小柄な対戦相手を選んできた感があるが、ここでカネロはついに自身を遥かに上回るサイズのファイターと対戦することになる。

 

 練習嫌いゆえにキャリアは頭打ちではあっても、チャベスJrの潜在能力は多くの関係者が認めている。“伝説の息子”が大舞台で最高のコンディションを作り、サイズを上手く利用して戦った場合、カネロが手を焼くことも十分に想像できる。

 

「今回の試合は私が懸命にプロモートする必要すらない。チャベスJr、カネロは後ろに引くことを知らない選手たちだからね」
 GBPのオスカー・デラホーヤはそう述べたが、実際には今戦が真っ向からの打ち合いになるかどうかは疑わしい。カネロは慎重に攻防を組み立て、判定勝負が濃厚ではないか。意外にもつれそうな予感を漂わせていることも、この試合がかなりコアなファンにも受け入れられている理由の1つである。

 

 米国での知名度に欠けた対戦候補

 

2、カネロは他に目ぼしい対戦相手が乏しい

 

(写真:人気ボクサー同士の対決だけに、会場のTモバイルアリーナは2万人近いファンで膨れ上がることが確実 Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

(写真:人気ボクサー同士の対決だけに、会場のTモバイルアリーナは2万人近いファンで膨れ上がることが確実 Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

 近況の良さ、格で言えば、カネロにはチャベスJrよりも適切な対戦相手が存在したのは周知の事実である。例えば指名挑戦権を持っていたWBO世界ミドル級王者ビリー・ジョー・ソーンダース(イギリス)、元IBF同級王者デビッド・レミュー(カナダ)と戦えば、本格派好みのファンはより納得したに違いない。

 

 ただ、ベルトは戦ってくれないのが米リングである。タイトルホルダーではあっても、ソーンダースの知名度はアメリカではゼロに近く、同国でのカネロ戦は特大イベントにはならない。また、スター性のあるレミューもまだ母国以外ではビッグスターとは言えない。

 

 繰り返すが、“ミドル級再進出を進めたいなら、カネロはソーンダース、レミューのいずれかと戦えば良い”という指摘はもっともでもある。しかし、この2人と対戦してもビジネス面で旨みがないことはファンも十分に理解している。それゆえに、カネロがソーンダースよりも、チャベスとのノンタイトル戦に向かったことに多くの人が納得したのだ。

 

 盛り上がりは必至の同胞対決

 

3、興行的成功は間違いない

 

(写真:フロイド・メイウェザー引退後、カネロは現役では最大の興行価値を誇るボクサーになった Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

(写真:フロイド・メイウェザー引退後、カネロは現役では最大の興行価値を誇るボクサーになった Photo By Rich /Golden Boy Promotions)

 試合のレベルはともかく、カネロ対チャベスJr戦が正真正銘のビッグイベントであることは誰も否定できまい。2の項とも被ってくるが、この一戦の興行成績はソーンダース、レミューらとの対戦とは比べ物にならないはずだ。

 

「2人はメキシコの街をまっすぐ歩けないほどの人気者たち。メキシコ人同士の対戦という意味では史上最大のカードかもしれない」
 デラホーヤの言葉はいつもながら大げさだが、今回ばかりは間違いだとは言い切れない。幼少期のカネロはチャベス父に憧れていたというヒストリーもあり、まさに因縁の対決。バックグラウンドだけ考えれば、シンコ・デ・マヨにこれほど相応しいカードもない。

 

 メキシコ人、メキシコ系アメリカ人は母国のライバル対決に沸き返っており、ラスベガスのファイトウィークは素晴らしい雰囲気になるだろう。最近はボクシングのPPV 売り上げは軒並み不振な中で、どれだけの数字を残すかは実に興味深い。

 

 ボクシングはスポーツ・エンターテインメントであり、カネロ対チャベス戦は最大級のビッグイベント。技術レベル的に最高級のカードではなくとも、見逃せないアトラクションであることは間違いない。

 

 ある程度このスポーツを追いかけてきた者なら、この試合に少なからずの興味を惹かれているのではないか。一見すると同胞の2人を組み合わせた安易なカードにも映るが、先々にまで繋がり、同時に当面の儲けも得られるという意味では巧みなマッチメークだと言っていいのだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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