この2年間、広島カープが一種の社会現象のように日本中で盛り上がったのは、おそらくその過半の原因を、黒田博樹の“一球の重み”復帰が担っていた。

 

 その黒田氏が引退した今季、カープで最も人気があるのは、菊池涼介ではあるまいか(ベテラン新井貴浩とか、“神ってる”鈴木誠也もいるけれど……)。

 

 彼の守備は、高いお金を払って、わざわざ球場に見に行くに十分値する。1試合に1度や2度は、必ず、まさかというようなファインプレーを見せてくれるのだ。

 

 だから、日本代表の小久保裕紀監督が、WBCでは山田哲人に二塁を守らせる、と発言したとき、「なぜ?」と思った人も多いのではないか。たまたま手元にある新聞記事を引用すると、かの伊原春樹さん(元西武監督、というより名三塁コーチ)は、こうおっしゃっている。

<菊池はやはり二塁で使うべきだ。あの守備力を生かさない手はなく、山田をどうしても使いたいなら、一塁で使えばいい>(東京スポーツ1月26日付け「新鬼の手帳」)

 

<スローイングに難のある山田は三塁ではなく、一塁のほうが向いている>とも念を押している。

 ふーん。山田って、そうなんですか。

 

 だけど、日本代表の壮行試合として行われた2月25日の福岡ソフトバンク戦、2月28日の台湾プロ野球選抜戦は、その言葉とは裏腹に小久保監督は菊池を2番セカンドで起用し、山田は1番DHだった。菊池は2試合で8打数6安打と絶好調ぶりをアピールしたが、山田は9打数1安打の不振(もっとも翌1日の台湾戦は、山田はセカンドで先発し、先頭打者ホームランを放ったのだが)。

 

 もちろん、あくまで壮行試合であって、WBC本番は3月7日のキューバ戦からである。フタをあけてみれば、山田がセカンドで先発して大活躍するかもしれないし、たかだか2~3試合で、もの申すのは軽率のそしりをまぬがれないだろう。

 

 ワールドクラスの二塁手・菊池

 

 しかし、それでも、日本代表のセカンドは菊池だ、と言い続けたい。

 ド派手な超ファインプレーが魅力の菊池だが、実は、打球の正面に入ってからグラブをきっちりと正対させて捕球する技術が、一番すごいのではないか、と常々思っている。

 

 他の二塁手なら飛び込んでいって捕球まではいっても、一塁には間に合いませんでした、ああ残念、といういかにもプロらしい、見せるプレーがありますね。そういう打球に対して、菊池は瞬間のスピードで、打球の正面に入るように足を運んで捕る。そして、他の野手なら普通にヒットになるような打球には飛びついて捕って、しかも起き上がって一塁に強い送球をする。さすがにセーフになることもあるが、このスリルは見ているだけで、たまらない。

 

「世界一の二塁手」と断言する評論家も何人かいらっしゃる。私もそう思いたい。

 ただ、世界は広い。昨年のワールドシリーズを見ていて、優勝したシカゴ・カブスの二塁手には驚いた。

 

 ハビアー・バエズ。動きのスピード、守備範囲、派手なファインプレーは、まさにメジャーリーグの菊池である。正直言って、菊池よりも肩はさらに強いのではないか、と感じた。だからまあ、菊池は、世界一、二のセカンドである、と言っておこう。

 

 実は、その菊池でさえ、というプレーがあった。2月25日の日本代表-ソフトバンク戦である。9回表1死無走者、ソフトバンク真砂勇介の打った打球は、やや二塁ベース寄りへのセカンドゴロ。菊池は、いつものようにきれいに打球の正面に入って、軽やかに捕球してから、グラブから右手にボールを移して一塁へ送球……しようとしたその瞬間、お手玉してしまったのである。

 

 まず、見たことのないエラーである。菊池は、その言動から推察するに(会ったことはないけど)おそらく賢い人だと思う。したがって、あのファンブルがなぜ起きたのか、おそらく、とっくの昔に分析済みだろう。だから、余計なおせっかいは必要ないかもしれないが、もしかして、滑りやすいとされるWBC球が影響したのだろうか。

 

 不安要素が飛び出た壮行試合

 

 この試合、実はもう少し深刻なプレーが8回表に起きている。日本代表は、この回からファーストに内川聖一が入った。ソフトバンクの斐紹がバントした打球を、捕手・小林誠司が素早く捕って一塁へ送球。ところが、この強肩・小林の送球は、低く行ってしまった。といってもヒザの下あたりだろうか。これを内川が捕りそこない、こぼれたボールを追って打者走者の斐紹と激突。右肩を強打して、その場に倒れこんだのだ。

 

 小林の送球も、たぶんWBC球の影響によるものだろうし、内川がグラブに収めそこなったのも、それがからんでいるのかもしれない。

 

 だとすると本番も不安ですね。

 たとえば、2月28日の台湾戦は先発則本昴大が打ち込まれた。則本といえば、日本代表のエース格の1人と言っていい存在である。

 

 立ち上がりの1回表はこんな具合だった。1番陽耀勲。ライト前ヒット。内角高めのストレート(だと思う)。高く、やや甘いコースに入っている。

 2番林智平。センター前ヒット。ストレート(たぶん)をしっかり捉えられた印象。

 3番王柏融。ライトライナー(ライト平田良介の好捕でダブルプレー)。たぶんスプリットだと思うが、シンカー系の軌道が、左打者のインコースから中に入ってきて、痛打された。

 

 少なくとも言えることは、いずれもボールが高い。則本といえば、日米野球であわや完全試合という快投を演じたこともある好投手だ。それなのに、なぜこんなに高めに浮くのだろう。

 

 ちなみに3番王柏融は、台湾リーグで打率4割1分4厘打ったそうだ。構えたとき、手首を柔らかくバットを揺らすが、両手の動きを除けば、体は微動だにしない。「さあ、いらっしゃい」という形でボールを待っている。

 

 3回表には、外角から中に入ってくるスライダーをバックスクリーンに大ホームランして話題になったけれども、たぶん、この人の実力は本物でしょうね。メジャーに行っても、イチローのようにいきなり首位打者を争える可能性までありそうだ。

 

 柔軟な発想と貫く信念

 

 それはさておき、3月1日までの壮行試合を見るかぎり、日本代表には、どうも不安要素が目につく。

 1日の台湾戦は9-1で快勝したし、先発菅野智之は完璧だった。山田もホームランを打った。何も心配ない、と言われればそうかもしれない。

 

 ただ、すっきりしない。たとえば、あくまでも一例だが、菅野もくだんの王柏融に対しては、第2打席でライト前ヒットを打たれている。この打席は、インローにスライダーを2球続け、インローのストレートをはさんで、再び投じた4球目のインローのスライダーを痛打されている。菅野はもちろん、スライダーだけの投手ではない。抑えようと思えば抑えられたのだろうと思う。では、小林捕手の意図は何だったのだろう(ちなみに、王はWBC不出場が決まっているそうだ)。

 

 あるいは、三塁手については、松田宣浩しか選んでいない。松田はチームのムードメーカーで欠かせない存在だ、というのはわかる。いざとなれば、菊池や田中広輔をサードに回す構想らしい。1日、8番三塁で先発した田中は2安打して結果を残した。すると、こんな記事が出た。

<三塁守備も無難にこなし、小久保監督も「坂本のサブで呼んだが、松田の状態次第ではスタメンもある」と評価した>(日刊スポーツ3月2日付け)

 

 柔軟と言えば、柔軟な発想なのかもしれない。でも当初はショート坂本勇人のサブは必要でもサード松田のサブはいらない、という判断が働いていたことにならないだろうか。

 

 第1回WBCで、王貞治監督は1番で起用し続けたイチローを3番にすることで、決勝を勝ち抜き、優勝を果たした。そのとき「ぼくはマジシャンではないから、イチロー選手を3番にすれば(このチームは)得点力が上がると早く判断することができませんでした」と、試合後のインタビューで答えている。

 

 監督はマジシャンではない。

 これもまた王さんの、歴史に残る名言である。

 

 しかしマジシャンではなくても、戦略家でなければWBCのような短期決戦は勝ち残れないだろう。戦略には、柔軟さとともに、貫く信念も必要なはずである。

 

 ともあれ、壮行試合は、あくまで壮行試合。不安を言い募ればキリがなくなる。やはり最後は、優勝の恍惚を味わいたいものだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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