何を今さら、と思われるかもしれないが、3月3日に日本代表の中田翔(北海道日本ハム)が打ったホームランは興味深かった。

 

 しょせん、WBC本番をひかえた練習試合でしょ、と言われるかもしれないが、日本代表-阪神戦である。7回表2死無走者だった。阪神の投手はロマン・メンデス。

 

 メンデスは走者がいなくてもセットポジションで投げていた。1球目は、外角へのスライダーにまったくタイミングが合わずに見逃し、ストライク。で、2球目である。

 

 これがメンデスのプロで生きていく上での知恵なのだろう。クイックでスライダーを投げたのだ。中田は、いつものように大きく左足を上げるいとまもなく、スッと上げてガーンと打った。スライダーもやや中に入ってきて、見事なホームランとなった。

 

 以下は推測にすぎないのだが、相手がクイックだった分、足の上げ方も、余計なことを考える時間がなかったのではないか。いわば、無念無想で、自然に足を上げたのが、ホームランにつながった、と見る。

 

 ちなみにWBC本番のオーストラリア戦(3月8日)に放った第1号ホームランは、いつものように大きく足を上げていた。ただし、このときも阪神戦同様、無意識のうちにスッと上がったように見えた。要は、さあここで上げるぞ、というように意識が表立ったタイミングとり方ではなく、いわば無意識的なのである。

 

 もしかして、この境地を継続できたら、彼は今後、爆発的に打てるのではないだろうか。

 

「継続」というのは、今季のカープでは、堂林翔太の合い言葉である。

 

 このオフ、新井貴浩に弟子入りして練習し、オープン戦のこの時期まで、よくぞ健闘を続けたと言っていい成績を残している。そして、ことあるごとに、あたかも自分に言いきかせるように「これを継続していきたい」という主旨のコメントをしている。

 

 打者は、どうしたって打てなくなる時期もある。だからこそ、継続は難しいのだろう。彼もまた、大きく左足を上げて打つスタイルだけれども、中田よりもさらに、ブレの生じやすい上げ方に見える(たとえば、東京ヤクルトの山田哲人の上げ方は、右足側の体が常に微動だにしない)。今季、堂林が去年までの不振を脱して開花できるか否かは、ひとえに、今の自分のスタイルを信じて、続けられるかどうかにかかっている。

 

 これは選手個人だけではなく、チームにも言えることだ。

 

 今年のカープの練習試合、オープン戦を見ていてさびしくなったことが一つある。

 

 投手の二塁牽制である。

 

 ここ4、5年、二塁牽制はカープ投手陣のお家芸だった。それを作りあげたのは、前田健太と石原慶幸のバッテリーである。

 

 石原の牽制のサインを出すタイミングも抜群だったし、それを見た瞬間のマエケンのターンの鋭さも絶品だった。実際、何度も試合で刺すシーンを見た。この技術が、他の投手にも伝播していったのである。今春見たカープの二塁牽制には、あのマエケンの鋭さが失われつつあるように感じた。

 

 牽制だけならよい。去年、カープ投手陣が成功した背景には、黒田博樹の影響があった。時には打者の内角を厳しく攻める、そして、いわゆる、フロントドア、バックドアを駆使する投球である。これも、他の投手が見習って、チームの戦略として確立していった。

 

 今季、もはや黒田はいない。重要なのは、せっかくチームに根付かせた技術を、よりオーバーに言えば、作り上げた伝統を、継続し、発展させることではあるまいか。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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