170410宇山第2回スタンディング(加工済み) 宇山賢は、25歳とは思えないほど落ち着きがあり、紳士的だ。幼少期、彼はどんな少年だったのか。本人に問うと、「僕が子供の頃、カードゲームが流行っていました。限定カードや価値が高いカードがどうしても欲しかった。手に入れるまで“欲しい、欲しい”と、ずっと言っていました」。宇山は「わがままだったかも」と反省するが、話を聞く限り至って普通な少年である。

 

(2017年4月の原稿を再掲載しています)

 

 彼の母によれば「飛びぬけてやんちゃというわけではなかったです。2つ上の兄とよく一緒に遊ぶ普通な子でした」という。

 

 そんな宇山の幼少期の話を聞いていて、意外だと思ったことがある。

「僕、昔、運動が苦手だったんです」

 

 宇山はフェンシング・エペのナショナルチームのメンバーである。宇山はカウンターを得意とする。ポイントを奪う時、ほんの一瞬生まれる敵の隙を狙うのだ。目にも止まらぬは速さで剣をつく。そんな選手が、運動が苦手だったとは思えない。

 

 本人は謙遜して、そう答えたのだと感じた。だが、宇山の母も「幼稚園の時から周りの子より、頭一つ分、背が大きかった。でも運動ができなくてねぇ。走るのも遅くて、“(この子は)どうなるんだろう”と思いました」と語る。

 

 では運動が苦手だった少年時代、宇山は何にハマっていたのか。最大の娯楽は音楽だった。彼は幼稚園の頃から近所の音楽教室に通っていた。「小学3年生か4年生まではピアノ。そこからエレクトーンに転向しました。ピアノならではの表現力の豊かさは今ならわかりますけど、当時の僕には、エレクトーンの電子音の方が魅力的でした」

 

 今でも音楽について楽しそうに話す宇山は、当時、エレクトーンにのめり込んだ。その腕前は音楽教室の香川県大会に出場するほどに磨かれた。そんな音楽少年も、スポーツとは全くの無縁というわけではなかった。小学校入学前にスイミングスクール、高学年になるとテニススクールへ通った。

 

大きかった母と兄の影響

 

170410宇山第2回(加工済み) だが、水泳もテニスも音楽ほどのめり込めなかった。

「この2つは親から“行きなさい”と言われました。完全に習い事という感じです。そんなにビシバシ指導もされなかったですし」

 

 宇山の母は、2つの競技を習わせた理由をこう口にする。

「幼稚園から始めさせたスイミングはただ、体を鍛えて風邪をひきにくくするために通わせました。テニスも小学校高学年に少しだけ、通わせただけですね」

 

 

 どちらも長続きはしなかった。テニスに至っては、辞めた理由があっけらかんとしていた。当時流行したテニスアニメの影響で、スクールの受講生が約5倍に増えたから辞めたらしい。「クラスがパンパンになって、わけがわからなくなったんです」。そう過去を振り返って苦笑する宇山。五輪を目指すアスリートを、少し身近に感じた瞬間でもあった。

 

 身長は163センチにまで伸び、ランドセルが似合わなくなった頃に、宇山は小学校を卒業した。進学先は兄も通う香川県立高松北中学校。高松北中は県立にしては珍しく中高一貫校だった。1983年に設立した高松北高校に2001年、中学が併設されたのだ。

 

 宇山がフェンシングを始めたきっかけには“次男ならではの立場”が関係している。彼の母が言うには、兄も水泳、テニス、音楽を習っていて、さほど運動が得意ではなかったという。そんな兄に母はフェンシングを勧めた。

「『中学で何か部活をしたい』と言っていたのですが、野球、サッカー、柔道、剣道などは小さい頃からやっている子が強い印象がありました。フェンシングは珍しいスポーツだったので“どう?”と誘ってみたんです」

 

 こうして宇山の兄は高松北中でフェンシング部に入部した。こうなると、何となく宇山の行く末も想像がつくだろう。「はじめはテニス部に入るか、吹奏楽部に入るかで悩んでいた」という彼は、入学して初めての国語の授業で、ある人物に声をかけられた。

 

「宇山の弟、いるよな?」

 

 この人物との出会いが、その後の宇山の人生を大きく変えた。

 

(第3回につづく)

 

IMG_1884(プロフ用)<宇山賢(うやま・さとる)プロフィール>

1991年12月10日、香川県生まれ。兄の影響で中学1年からフェンシングを始める。県立高松北高2年時にインターハイ優勝。高校卒業後は同志社大学商学部に入学。全日本学生選手権を2回生から3連覇を果たす。同大卒業の14年、家具量販店に就職するが、フェンシングとの両立を考え同年9月に退社。その1年後、三菱電機に入社した。15年、16年ワールドカップ男子エペ個人で銀メダルを獲得。16年アジア選手権男子団体の優勝メンバー。身長189センチ。

 

(文・写真/大木雄貴)

 

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