スポーツの会場においてチケットを買って入場すれば、観客は何をやっても許されるというものではない。「正規入場券を取得した」と同時に主催者との間で「観戦契約約款」が成立する仕組みになっている。

 

 横綱・稀勢の里の「奇跡の逆転優勝」で沸いた春場所。日頃、話題になることの少ない約款に注目が集まった。14日目、立ち合いに変化した大関・照ノ富士に「モンゴルに帰れ!」とのヤジが飛んだのだ。この問題は国会でも取り上げられた。

 

 では約款の、どの部分に抵触する疑いがあるのか。相撲協会が定めた禁止行為は17項からなるが、おそらくは6項だろう。<他の観客及び相撲競技関係者(土俵上含む)、主催者及びその職員等への粗暴行為(暴言、脅迫、恐喝、威嚇、暴力行為)、誹謗中傷その他の迷惑を及ぼす行為>。暴言と言えば暴言だし、誹謗中傷と言えば誹謗中傷と言えなくもない。

 

 仮に悪意がなかったとしても、暴言や誹謗中傷の類は論外である。ましてや神事の要素を色濃く残す大相撲である。たとえ観客と言えども、品のないヤジは慎むべきだ。しかし、だからと言って、“犯人捜し”までする必要があるとは思わない。

 

 ヤジの中には風情のあるものもある。昔、ある人気力士に女性問題が発覚した。「重婚疑惑」と報じたメディアもあった。「どちらも好き」と煮え切らない力士に向かって痛烈なヤジが飛んだ。「もう制限時間いっぱいだぞ」。館内がドッと沸いたのは言うまでもない。

 

 先に紹介した約款の中身は、プロ野球もほぼ同じである。観戦空間が広い分、ヤジも多彩で刺激的だ。

 

 一昔前、パ・リーグの球場には閑古鳥が鳴いていた。大阪球場には敵チームへのヤジを生き甲斐にしているようなオヤジがおり、よく声が響いた。

 

「おい、安物ウイスキー」。ダミ声でこうヤジられた選手がいる。元ロッテの得津高宏だ。しばらくしてヤジの意味がわかった。40年以上前に「45ウイスキー」という国産の商品があり、背番号と同じだったのだ。「南海戦でよく打ったから、ヤジられたんやろうねェ」。苦笑しながらもヤジの主のセンスに感心しきりの得津だった。

 

 最近耳にしたヤジではこれが秀逸だった。広島で3連敗した東京ヤクルトの選手たちにカープファンが放った一言。「おい、乳酸菌が足りんじゃろ!」

 

<この原稿は17年4月12日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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