容疑者はイスラム過激派でもなければ極左・極右思想の持ち主でもなかった。ドイツの捜査当局が身柄を拘束した容疑者は、欲に塗れた28歳のトレーダーだった。

 

 ドイツサッカーリーグ1部ボルシア・ドルトムント(BVB)のチームバスが爆破された事件はドイツ国内のみならず世界中に衝撃を与えた。これによりスペイン代表DFマルク・バルトラが右手首骨折の重傷を負った。

 

 いったい容疑者の狙いは何だったのか。当局の調べによると容疑者はBVBの所属選手に直接的な打撃を与えることでBVB株を暴落させ、巨額な利益を手にしようとしていたというのだ。

 

 そんなことがたやすくできるのか。残念ながら不可能ではない。容疑者が用いたのはプット・オプションという株取引の手法である。これは「あらかじめ期日を指定した上で、一定の価格で株を売る権利」のことを言う。暴落することがわかっていれば、大きなリターンが見込める

 

 そこでBVBの株価を調べてみた。事件前日の4月10日の時点では5.745ユーロ(終値)だ。それが事件当日には5.500ユーロまで下がっている。終値で安値を付けたのは事件から9日後、20日の5.382ユーロ。容疑者が拘束された21日には5.459ユーロまで持ち直している。

 

 容疑者がいつの時点で手に入れた株を売ったか定かではないが、取引の額が大きければ大きいほど足がつきやすい。にもかかわらず当局は事件後、イスラム過激派と接触があったとされるイラク人を逮捕した。株取引でサッカークラブを標的にする不届き者がいるなど思いもよらなかったのだろう。

 

 BVBは2000年10月、フランクフルト証券取引所に上場した。80%超の株式を投資家や個人が所有している。株式公開のことを英語で<GO PUBLIC>という。その意味では上場したサッカークラブは「社会的公器」である。

 

 爆破犯は周到な悪巧みのもと、クラブにとって最大の資産である選手というソフトターゲットを狙った。ただ自らの金銭欲を満たすためだけに。その底知れぬ冷酷さと大胆さに身震いがする。ドイツで起きたことがイタリアやイングランドで起きない保証はどこにもない。動機、背景、手口…。前例のない事件ゆえ、当局の詳細な捜査報告が待たれる。

 

<この原稿は17年4月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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