170501ishimoto3<自分が自分に納得したい>

 プロボクサー石本康隆(帝拳)の今年2月23日付のブログにはこう綴られていた。通算戦績は29勝(8KO)9敗、決して華々しいものではない。齢は35歳。前途洋々な若者でもない。それでも彼はリングに立つことを選んだ。<皆さんの応援が一番の誇りです>。そしてブログはこう締め括られた。<誇りを賭けて戦います>。それは石本がファンや関係者に向けた決意表明だった。

 

 1年以上守り続けたベルトを失ってから、19日が経過していた。2月4日、後楽園ホール。日本スーパーバンタム級王者の石本にとっては3度目の防衛戦で王座から陥落した。チャレンジャーの久我勇作(ワタナベ)とは約1年1カ月ぶりのリターンマッチ。前回の対戦は2015年12月21日に後楽園ホールで行われた日本スーパーバンタム級王座決定戦である。

 

 まずはその試合を振り返ろう。石本にとって、3度目の日本タイトル挑戦。現IBF世界同級王者の小國以載(角海老宝石)が日本王座を返上によって舞い込んできたチャンスだった。この試合は強打を誇る日本ランキング1位の久我に対し、同2位の石本は老獪なテクニックで対抗した。

 

 序盤は押されていたものの、石本は次第にペースを掴んでいく。逆襲のキーとなったのは左ジャブだ。機を見て当てた彼の左ジャブは、久我の顔をはね上げる。ジャッジ映えも良く、ポイントをコツコツと積み重ねていった。5ラウンド終了時のジャッジは2-1で石本を支持。後半も左ジャブを軸に試合を組み立てた。時にクリンチも駆使しながら、試合終了のゴングが鳴るまで相手を最後までリズムに乗せなかった。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA トランクスに描かれている「CORAZON」の文字通りの勝利だった。「CORAZON」とはスペイン語で「気持ち」や「魂」を表す。「(久我は)パンチもあってスタミナもあった。すごく強くて、にらみ合った時もくるなと思っていました。ただクリンチ際は優しいし、勝ちに対する執念は僕が勝っていた」と石本。打たせずに打つという美しいボクシングだったわけではない。攻め手を緩めず相手をボコボコにしたわけでもない。だが内容よりも譲れないものがあった。

 

「僕はカッコ悪くても、どんな無様なかたちでも勝ちたいと思っていた。勝利にしがみついていましたね」

 “3度目の正直”は気持ちで掴み獲った日本タイトルだった。リング上では「不細工な試合をして申し訳ない」と頭を垂れた。だが泥臭くもベルトをもぎ取る姿はカッコ良く映った。

 

 倒し切れなかった初防衛戦、最後に仕留めたV2戦

 

 日本チャンピオンとなって年が明けると、16年は聖地・後楽園ホールで2度の防衛戦をクリアした。4月2日の藤原陽介(ドリーム)との初防衛戦は判定で圧勝だったが、石本に笑顔はなかった。2ラウンドと9ラウンドにダウンを奪いながら、相手を倒し切れなかったからだ。

 

 初防衛戦はベルトを奪うよりも難しい――。格闘技界ではよく聞かれる言葉だ。その難局を乗り越えた石本。次の10月1日の古橋岳也(川崎新田)戦は進化した強さを見せつけた。古橋とは2度目の対戦。僅差の判定で石本が勝利していた。石本は「勝ったにしても逃げるような勝ちだった」と振り返る内容で、完全決着を望むリマッチだった。

 

170501ishimoto1 序盤、意外にもペースを掴んだのは石本だ。彼は“スロースターター”の悪癖をこの日は覗かせなかった。相手が反撃を仕掛けてきても、有効打を的確に返し、時にはクリンチも交えてペースを譲らなかった。5ラウンド終了時の公開採点ではジャッジの1人が石本にフルマークを付けて50-45の大差。残りの2人も49-46とチャンピオンを支持するものだった。

 

 公開採点を聞いて前へ出てくる古橋に対し、石本は冷静に対応した。パンチを当てられる場面もなくはなかったが、効いている様子はなかった。やられてばかりはいられない。石本は多彩にパンチを繰り出し、古橋に連打を浴びせた。9ラウンドには挑戦者をロープ際に追い込む場面もあった。

 

 最終10ラウンドを迎える前、セコンドからは「勝負だ」と背中を叩かれた。「あそこで逃げたらチャンピオンじゃない」と石本も気合いを注入。残り3分で挑戦者の息の根を止めに向かった。

 

 1分を経過したところで、石本がラッシュを仕掛ける。一旦は古橋が耐えたものの、残り1分を切ったところで、再び石本が拳の雨を降らせた。ここでゴングが鳴る。試合時間はまだ33秒残っている。それは石本のTKO勝ちを意味していた。

 

 途中、押し込まれる場面もないわけでもなかった。それでも試合を通してみればほとんど石本のペースだった。ジャッジペーパーを見ても大差がついており、タイトルマッチでは初のKO勝ちで完勝に近い出来だが、「100点ではない」と石本の自己採点は辛かった。

 

 それでも「途中、劣勢になっても押し戻せた」と手応えも滲ませていたのも確かだった。倒し切れなかった初防衛戦と比べ、最後にKOで仕留めたことは成長の一端である。これまで積んできたキャリアは伊達ではない。

 

「世界とは言えない。目の前の試合勝つだけ。まだまだ頑張ります。僕の夢に付き合ってください!」とマイクパフォーマンスでファンに向かって叫んだ。1戦1戦が勝負だった。負ければ“引退”の2文字もちらつく中で、石本は自らの拳で未来を繋いだ。

 

 王者の地盤を固め、世界への足掛かりを掴んだかに思えた。しかし、2度目の防衛から4カ月後のV3戦。石本を待っていたのは、まさかの結末だった――。

 

(後編につづく)

 

石本康隆(いしもと・やすたか)プロフィール>

170501ishimoto21981年10月10日、香川県生まれ。中学2年でボクシングをはじめ、アマチュアでは1戦1敗。02年2月、20歳で上京し、帝拳ジムに入門する。同年7月にプロテストに合格し、11月に後楽園ホールでデビュー。05年にはスーパーフライ級で東日本新人王決定戦準優勝。12年2月には、日本スーパーバンタム級のタイトルに挑戦するが、判定負けで、ベルト獲得はならなかった。12年4月にWBOインターナショナル同級タイトルマッチで勝利し、王座を獲得。15年12月には自身3度目の日本タイトル挑戦し、判定勝利を収め念願のベルトを手にした。2度の防衛を経て、今年2月にTKO負けで王座陥落。2017年4月現在、スーパーバンタム級日本4位。右ボクサーファイター。通算戦績29勝(8KO)9敗。

>>ブログ「まぁーライオン日記~最終章~」

 

 

(文・写真/杉浦泰介)


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