プロ野球選手の中には、未だに“カナヅチ”が少なくない。あるピッチャーに理由を訊くと、「学生時代、肩やヒジが冷えるという理由で水泳が禁止されていた」というのだ。

 

 

 ピッチャーといえば、プロ野球選手の中でも、最も運動センスと身体能力に秀でた者が務めるポジションである。

 

 その、いわば“選ばれし者たち”が、水の中で四苦八苦している図は、実に珍妙である。

 

 指導者の中には水泳ばかりか筋力トレーニングを好まない者もいる。「筋肉が硬くなる」というのが、その理由だ。

 

 確かにやり方を間違えると偏った部位に負荷がかかり、マイナスになることはあるだろう。

 

 しかし、これだけトレーニング技術の発達した今、迷信にも似た理由で合理的な理論を遠ざけるのは、決して生産的とは言えまい。

 

 アメリカ生まれの野球にしてこうなのだから、日本発祥の柔道において固定観念を打破することは、それこそ硬い岩盤をドリルでくり抜く作業に等しい。

 

 それをやりとげたのが、先のリオデジャネイロ五輪で全階級メダル獲得(金2、銀1、銅4)という快挙を成し遂げた柔道男子代表監督・井上康生だ。

 

 2012年ロンドン五輪で男子代表は1964年東京五輪で柔道が正式競技(1968年メキシコ五輪は不採用)に採用されて以来、初めて金メダルなしに終わった。井上の言葉を借りれば、「日本の柔道において、あってはならないこと」だった。

 

 ロンドン五輪後、男子代表監督に就任するにあたり、「日本には何が足りないのか」を検証した。

 

 その結果、ひとつの結論が導き出された。外国人と比べて筋力が弱いことが明らかになったのだ。

 

 井上は語った。

「トレーニングについて、世界で一番走った国は間違いなく日本でした。ランニングを通して選手たちの心肺機能はかなり強化された。それでも勝てなかったのは、なぜか。柔道には総合的な筋力が必要であるにもかかわらず、その部分の強化を怠っていた」

 

 筋力トレーニングのメニューをつくるにあたってはボディビルダーのアドバイスも得た。これに対しては「ボディビルダーに柔道の何がわかるのか」という批判もあったという。

 

 だが改革に反発は付き物だ。それにひるんでいては物事は前に進まない。本人によると2020年東京五輪に向け、改革は「まだ道半ば」である。

 

<この原稿は『漫画ゴラク』2017年4月21日号に掲載されたものです>

 


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