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(写真:プロデビュー以降、無敗街道をひた走る井上)

「世界タイトルマッチ」という言葉の重みが、いつの間にか失われてしまった。

 

 1970年代から80年代、輪島功一、ガッツ石松、具志堅用高、渡辺二郎らの世界タイトルがかかった試合は必ずゴールデンタイムにテレビで生中継されていた。だから翌日には職場でも学校でも、その試合が話題の中心だった。ボクシングの世界タイトルマッチは日本国民にとって特別なスポーツイベントだったのである。

 

 だが、現在は、そうではない。

 世界王者を認定する団体が乱立、そのために日本人世界チャンピオンの数も急増した。かつては世界チャンピオンの名は日本中に知られていたが、現在は、そうではない。9人いる現役世界チャンピオンの名前をすべて言える人が、どれだけいるだろうか。世界戦だからといって地上波でテレビ中継されるとは限らない時代なのだ。

 

 日本王者が海外からやって来る外国人チャレンジャーを迎え討つ。この図式に、観る者はスッカリ慣れてしまい、かつてのようなワクワク感を抱けなくなってしまった。その現状をボクシング関係者は直視すべきである。

 

 この辺りで、日本のボクシング界には、起爆剤が必要とされているのではないだろうか。それは、世界タイトルマッチの枠を超えた、観る者が大いに感情移入できる闘い……そう珠玉の日本人対決である。

 

 ズバリ言えば、観たいのは井上尚弥(WBO世界スーパーフライ級王者=大橋)と井岡一翔(WBA世界フライ級王者=井岡)の一騎討ちだ。

 

 ファンのためのマッチメイクを!

 

 井岡は、4月23日、大阪でノクノイ・シップラサート(タイ)に判定勝ちし5度目の王座防衛に成功。すでに世界3階級を制覇しており世界戦通算勝利数は14、これは具志堅に並ぶ日本記録である。

 

 実績は十分、高度なテクニックも誇る。しかし、井岡はその実力に伴った評価を得ていない。それは試合のインパクトが強くないせいだろう。ノクノイ戦でも倒すことよりも勝利することを優先し、試合を運んだ。私は、それは否定されるべきことではないと思うのだが、多くのファンから「燃えない井岡」とのレッテルを貼られてしまった。

 

 一方の井上は勢いに乗っている。

 プロとしてのキャリアは12戦と浅いが世界2階級を制覇。世界戦7戦全勝、その内、6試合でKO勝利を収めている。特に現在保持するWBO王座を獲得したオマール・ナルバエス(アルゼンチン)を倒した一戦は衝撃的だった。

 

 目標と定めていたのは、“パウンド・フォー・パウンド最強”と称されていたローマン・ゴンサレス(ニカラグア)との頂上対決。しかし、ゴンサレスは今年3月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでタイのシーサケット・ソールンビサイに判定で敗れてしまう。

 

 5月21日には有明コロシアムにおいて、米国のリカルド・ロドリゲスを相手に5度目の防衛戦を行う井上だが、その後の目標を失った状態にある。

 

 井上と井岡が最も良いコンディションでぶつかり合えるタイミングは今年の年末ではないかと私は思う。

 

 実績を誇りながらも評価の低い井岡と、ゴンサレスとの闘いを失った井上。

 日本を代表する2人の世界チャンピオンの対決が実現したならば、そのインパクトは絶大である。放映するテレビ局の問題などを持ち出している場合ではないだろう。もちろん、ノンタイトル戦で構わない。

 

「ファンのためのプロボクシング」

 口先だけでなく、心からボクサー、ボクシング関係者が、そう思っているのであれば、両陣営は、いますぐスーパーファイトの実現に動くべきである。

 

「世界とタイトルマッチ」という言葉の重みが失われたボクシング界の未来のために――。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『忘れ難きボクシング名勝負100 昭和編』(日刊スポーツグラフ)。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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