20170519_142714 義肢装具士の臼井二美男さん(財団法人鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター所属)と久しぶりにゆっくり話をする機会がありました。ラジオ番組「みんなのスポーツ」(*注1)にゲスト出演をお願いしたときのことです。昨年上梓された「転んでも、大丈夫 ぼくが義足を作る理由」(ポプラ社)が今年の小学校高学年の課題図書になったことなど、たっぷりとお話を伺いました。


 私が臼井さんと出会ったのはパラスポーツの取材を始めた2008年ころです。陸上の大会に行くと必ず臼井さんの姿を見かけました。義足の選手に寄り添い、ときには義足の調整をして選手と話し込んでいました。臼井さんは選手やスタッフとにぎやかに笑いながら、いつも輪の中心にいました。


「どこのどなたなんだろう」と、思い切って話しかけてみると、とても気さくに話していただきました。「裏方だから」が口癖の臼井さんですが、スポーツ義足の第一人者で日本で初めてスポーツ義足を作った方だということも後で知りました。

 

 34年前、臼井さんは義足技師の見習いから始めました。義足をつけた人に臼井さんは「走ってみたら」と勧めていたそうです。義足になると誰もが不安になります。「転ぶかもしれない」「歩き方が変なのでは?」「座ったら立つのが大変?」など。でも、とにかく走れるようになれば、歩くことも立ち上がることもできて、義足で過ごす日常の不安が少なくなる。これが臼井さんの考えでした。初めて走ったとき100%の人が涙をこぼすそうです。「こういう世界があるんだ」と。

 

 特に子供たちはその傾向が顕著だと臼井さんは言います。障がいがあることで引きこもったり、人と接触しなくなったりする子も少なくないそうです。でもスポーツを始めるとがらりと変わります。自然と外に出るようになり、友達ができ、性格も明るくなる。とにかくいいことがいっぱいある、と臼井さんは考えています。

 

SONY DSC 「血の通う義足を作る」

 これまで臼井さんは義足を1000本以上作ってきました。前回も触れましたが、義足は金属やカーボン製のバネ(足)の部分と、自身の体にフィットさせるソケットという部分で構成されています。一人ひとりに合わせて作るワンオフ品で、しかも作ってそれで終わりではありません。体の変化に合わせたり、歩きやすくするために何度も調整が必要です。さらにアスリートの義足となれば、筋肉や選手の技術に合わせて調整はさらに複雑になります。

 

 終わりのないエンドレスな作業ですが、臼井さんは「でも、ムカデじゃないからなんとかなるよ」と明るく答えてくれました。「えっ?」と聞き返すと「ムカデだったら、足がいっぱいあって大変だろうなあ。でも人間は多くても2本だからね、何とかなるよ」と。「臼井さんは諦めない方なんですねー」と言うとこんな答えが返ってきました。「いや~、僕じゃなくて義足を付ける人たちが諦めないんですよ。彼、彼女たちが諦めない限り、それを手伝いたい。それが僕の仕事」

 

 12年、STANDは臼井さんと一緒に初めての義足のファッションショーを企画、そのお手伝いをしました。ショー開催のきっかけは義足の女性から「ミニスカートを履いて出かけたい」「みんなでおしゃれをしてストリートパフォーマンスをしたい」と聞いたことでした。

 

 初めてのショー開催後、様々な所から義足ファッションショーの引き合いがあります。多くのお客さんの前で美しいファッションと一緒に自慢の義足を披露するモデルたちは堂々とランウェイを歩いています。臼井さんは言います。義足になって悲しかったはず。でもこうして「義足は隠すものではない」という考え方が広まって、誰でものびのびと夢に向かっていくことができる社会を実現したい。ファッションショーにそういう思いで臨んでいます。

 

 臼井さんは「自分にできるのは血の通う義足を作ること」と言います。それは装着していることを忘れて今やりたいことに夢中になれる、そんな義足のことだそうです。「足を失った過去は変えられない。でも未来を明るくしていくことはできる。義足でそのお手伝いを続けていきたい」。臼井さんの何とも温かくて、力強い言葉です。

 

*注1)「みんなのスポーツ」は筆者がパーソナリティを務めるラジオ番組。6局ネット(新潟放送ラジオ、ラジオ大阪、大分放送ラジオ、茨城放送ラジオ、栃木放送ラジオ、山口放送ラジオ)で毎週放送中。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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