辛口で知られるサッカー評論家のセルジオ越後は、一方でプレーヤーに寄り添った指摘も忘れない。

 

 

 過日、会った際、こんなことを言っていた。

「代表のサッカーは余裕が感じられないよね。僕は彼らの練習をよく見るんだけど、ミニゲームをやらせると“きゃっきゃ”と喜んでいる。でも本番になると、皆別人になってしまうんだ。もっとゆとりを持ってサッカーを楽しんでほしいよね」

 

 ボールゲームの原点は「球戯」である。「球技」ではない。球と戯れる楽しさを思い出せとセルジオは言いたいのだろう。

 

 とはいえ、ゲームの内容よりも結果が求められる代表戦において、選手の側に立てば楽しめと言われても、そうそう楽しめるものではない。W杯の予選ともなれば、なおさらである。

 

 そこで、こんな例を紹介したい。1997年秋、日本はフランスW杯アジア最終予選でグループ3位と出遅れ、本大会出場に黄信号が灯っていた。そんな中で迎えた敵地での韓国戦、停滞ムードを一掃したのが前半開始1分にMF名波浩が決めた先制ゴールだった。

 

 この試合、それまで極度の不振に喘いでいた名波-DF相馬直樹の左サイドが復活し、2対0で勝利。フランス行きの望みをつないだのである。

 

 試合後、名波は語った。

「遊び心を持ってやった。相手をバカにしたプレーをしてやろうと思っていた」

 

 約2年ぶりに代表に復帰したMF乾貴士(エイバル)にもこうしたマインドを求めたい。彼のプレーには球と戯れているような魅力があるからだ。

 

<カンプノウ2発>

 

 こんな見出しがスポーツ紙に躍ったのは5月23日だ。カンプノウとは約10万人収容のFCバルセロナの本拠地。22日のスペインリーグ最終節、アウェーでのFCバルセロナ戦で乾は躍動した。

 

 1点目は前半7分。ペナルティーエリア内左にポジションを取った。右サイドからのクロスは難しいバウンドになったが左足を合わせ、ゴール左上を射抜いた。

 

 後半16分に決めた2点目も似たような形だった。味方FWがパス交換で右サイドを崩す。その間に乾は左サイドを駆け上がる。ペナルティーエリア左でパスを受け、左足を振り抜いた。シュートはクロスバーを叩きゴールネットを揺らした。

 

 チームは2対4で逆転負けしたが、乾はFCバルセロナを相手に初めてゴールを挙げた日本人となった。

 

 この活躍が認められ約2年ぶりに代表復帰した乾は6月7日、仮想イラクとして招いたシリアとの親善試合でも才能の片鱗を披露した。

 

 後半32分、左サイドに張った乾にFW本田圭佑からロングパスが届く。これをまるで磁石で引き寄せるかのように左足でトラップすると、切れ味鋭いドリブルで相手DFを置き去りにし、右足でシュートを放った。GKにセーブされたものの、一連のプレーに対して、この日一番の拍手と歓声が送られた。

 

 ロシアW杯アジア最終予選も、残すところあと2試合。代表当落線上の乾に出番はあるのか……。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2017年7月2日号に掲載されたものです>

 


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