(写真:左からエストラーダ、ゴンサレス、クアドラス。マニアにはたまらない興行だ Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

(写真:左からエストラーダ、ゴンサレス、クアドラス。マニアにはたまらない興行だ Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

 9月9日(日本時間10日)

 カリフォルニア州カーソン スタブハブセンター

 

WBC世界スーパーフライ級タイトルマッチ

王者

シーサケット・ソールンビサイ(タイ/ 30歳 / 43勝(39KO)4敗1分)

vs.

前王者

ローマン・ゴンサレス(ニカラグア/ 30歳 / 46勝(38KO)1敗)

 

WBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ

王者

井上尚弥(大橋/ 24歳 / 12戦全勝(9KO))

vs.

アントニオ・ニエベス(アメリカ/ 30歳 / 17勝(9KO)1敗2分)

 

WBC世界スーパーフライ級挑戦者決定戦

元王者

カルロス・クアドラス(メキシコ/ 29歳 / 36勝(27KO)1敗1分)

vs.

元WBA、WBO世界フライ級王者

ファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ/ 27歳 / 35勝(25KO)2敗)

 

 “一流”が集ったスーパーフライ級イベント

 

 一流を意味する“スーパーフライ(Superfly)”と銘打たれた9月9日の興行が、スーパーフライ級史上、いや、軽量級史上に残るイベントであることは説明の余地もないだろう。

 

(写真:前戦は微妙な判定とはいえ、2連敗は許されない。ゴンサレスにとって絶対に負けられない一戦だ Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

(写真:前戦は微妙な判定とはいえ、2連敗は許されない。ゴンサレスにとって絶対に負けられない一戦だ Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

 シーサケットとゴンサレスの因縁のリマッチをメインに、アンダーカードでは過去にゴンサレスと激闘を演じたクアドラスとエストラーダがエリミネーションバウトで対戦。さらにマニアの間でも渡米が待望されてきた“モンスター”井上が、ついにアメリカのリングに上がる。前座にはライトフライ、フライ級の2階級制覇王者ブライアン・ビロリア(アメリカ)も登場し、まさに軽量級オールスターの様相を呈している。

 

 カリフォルニアが舞台でありながら、主役はタイ、ニカラグア、メキシコ、日本、プエルトリコ系アメリカ人(ニエベス)といった主に外国籍のボクサーたち。実に国際色豊かで、合計6人のプロモーターが絡むイベントをまとめ上げたK2プロモーションズのトム・ローフラーをまずは高く評価したい。

 

「HBOが軽量級のファイトを放送し始めたことにスリルを感じている。未来の好ファイトにも繋がる今興行の中継を決めたHBO(のトップ)のピーター・ネルソン氏を賞賛したい」

 キックオフ会見でローフラーがそう述べていた通り、最近では米プレミアケーブルの雄HBOがスーパーフライ級を熱心にサポートしている。今回の興行もトリプルヘッダーの形で全米生中継。ここで勝ち抜いた選手たちが、その後にさらなるサバイバル戦を行っていくプランが明白に見えてくる。

 

 軽量級の放送に消極的だった過去とは一線を画し、HBOがスーパーフライ級に興味を持ち始めた理由はどこにあるのか。まず第一に、ゴンサレス、井上といったファンを喜ばせられる魅力的なファイターが現れたことが大きい。それと同時に、中量級以上と比べて安価で済むことが影響しているのだろう。

 

(写真:世界的に無名のニエベスは井上相手にどんなボクシングをみせるか Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

(写真:世界的に無名のニエベスは井上相手にどんなボクシングをみせるか Photo By Tom Hogan, K2 Promotions)

 HBOの親会社であるタイムワーナーがAT & Tに買収される話が進んでいるため、HBOスポーツ部の先行きも不透明。局内の人間ですら未来が見えない状況下で、ボクシング中継に過去のように大金を費やすわけにはいかない。

 

 全盛期のHBOはボクシングに約1億ドルの予算をつぎ込んだが、2015年は3000万ドル、昨年は2500万ドルまで減少。今年はここまで放送した全9興行のうち、3つは局側の懐が痛まないPPV中継だった。昨年度より予算削減がさらに進むことはもう確実だろう。

 

 1月28日の興行に登場した4選手(ミゲール・ベルチェルト、フランシスコ・バルガス、ミゲール・ローマン(すべてメキシコ)、三浦隆司(帝拳))のファイトマネーが合計わずか47万5000ドルだったのを始め、レギュラー放送も安価のイベントばかり。渋い状況に見切りをつけ、これまでメインのクライアントだったトップランクは7月よりESPNに“移籍”してしまった。

 

 コストパフォーマンスの高い日本人ファイター

 

 なるべく経費をかけず、それでいてブランドを保つためにハイレベルのカードを提供しなければいけない。そんな難しい立ち位置にいるHBOが目に付けたのがスーパーフライ級だった。ファイトマネーが安価で済む上に、役者が揃い、劇的なファイトが期待できる軽量級は今の彼らには魅力的なコンテンツなのだろう。

 

(写真:米国初進出となる井上は大きなインパクトを生み出すことが課題)

(写真:米国初進出となる井上は大きなインパクトを生み出すことが課題)

 昨年9月のゴンサレス(ファイトマネー40万ドル)対クアドラス(25万ドル)戦、今年3月のゴンサレス(55万ドル)対シーサケット(7万5000ドル)は中量級以上に比べて安上がりだった。例えば7月30日にShowtimeで放送されるエイドリアン・ブローナー(アメリカ)対マイキー・ガルシア(アメリカ)戦では両選手に1万ドル前後の報酬が必要なのと比べ、違いは明らかだ。それでいてゴンサレス絡みなら常に中量級と同等以上の好ファイトが望めるのだから、HBOが力を入れるのも理解できる。

 

「チケットの売れ行きはとても良い。すでに2500枚以上が売れ、30ドルのチケットはソールドアウト。最終的には完売になるだろうし、2014年10月のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対マルコ・アントニオ・ルビオ(メキシコ)戦の9323人という記録を超える観衆が集まるかもしれない」

 ローフラーの会見での言葉通り、30~250ドルという安価のチケット価格はファンにも好評だ。このままいけば9月9日は興行的成功も確実。“Superfly”が道を開けば、その先に楽しみは広がっていきそうである。HBOが来年以降にどうなるかは不確かだが、少なくとも今は、軽量級に限らず、日本人選手全体にとって米国進出のチャンスだと言って良い。

 

 比較的な安価な上に、常にトップコンディションで、最後まで諦めずに好試合で魅せてくれる。そんな日本人はプレミアケーブル局にとって頼もしい存在。三浦、亀海喜寛、井上と7~9月に3カ月連続でジャパニーズ・ファイターがHBOに登場するのは偶然ではない。逆に言えば、サムライたちが注目の舞台で商品価値を誇示し、アメリカンドリームを手にする絶好機でもあるのだろう。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
>>公式twitter


◎バックナンバーはこちらから