(写真:スーパーラグビーの運営を支えたボランティアスタッフ)

(写真:スーパーラグビーの運営を支えたボランティアスタッフ)

 ラグビーの国際リーグ戦・スーパーラグビーの運営のお手伝いをするボランティアチーム「In Touch」(代表・眞柄泰利氏、サイバートラスト株式会社代表取締役)は昨年に続き、今年は規模を拡大して活動を行っています(昨年の活動詳細はこちら)。7月15日、秩父宮ラグビー場で行われた日本最終戦も約150人のボランティアスタッフが参加しました。

 

 さて、この試合では新たな試みとしてボランティアスタッフを対象にスポーツユニバーサル研究会を開催しました。日本ラグビーフットボール協会の賛同を得て、一般社団法人ジャパンエスアール主催、アゼリーグループの協力を受け、企画・運営をSTANDが担当、第1回として「車いすのお客様の対応」を実施しました。

 

 講師に東京リハビリテーション専門学校校長の宮森達夫さんをお迎えして、車いすのお客様を会場にお迎えする心構えと、車いすに乗る体験を行いました。

 

 昨年、そして今年とスーパーラグビーに来場した車いすのお客様は1試合あたり10名弱でした。秩父宮ラグビー場の客席数は2万4871席です。ここで少し、数字を当てはめてみます。日本の障がい者の数は858万人(平成29年障がい者白書)で全人口の6.8%にあたります。この割合でいくと、秩父宮の全席数に対しては約1600人。人口割合に当てはめた少々極論ではありますが、秩父宮ラグビー場にはこれだけの障がいがあるお客様が来場する可能性がるということになります。もっと多くの障がいのある人が訪れて、スポーツ観戦を楽しめたらいい。車いすの人がいることが車いすの人にとっても、周囲の人にとっても特別なことではなくなる、そういう環境をつくりたいという思いから始めたのがスポーツユニバーサル研究会なのです。

 

 我々STANDが昨年からスーパーラグビーの運営に関わっている目的のひとつに「すべての人が好きなスポーツを観る社会へ」の実現があります。すなわち会場に来た人が障がいの有無に関わらず、快適に楽しめる環境をつくることです。エレベーターやスロープなど、設備が整っていることはもちろん大切なことです。しかしその設置には時間も予算もかかります。いますぐ、私たちができることがあるのではないか。と始めたのが今回の取り組みです。

 

 会場でご案内を実施

DSC_0401 今回は様々な障がいの中から車いすの方に限り、そして会場内と範囲を区切っての活動としました。最初に心がけたのは「案内が必要かどうかをお尋ねすること」です。車いすの案内となると、どうしても、車いすを押すことや段差で持ち上げることなどを想像します。たぶん「よし、自分が押す」「よし持ち上げるぞ」と思っていたスタッフも多かったことでしょう。しかし、決して「介助」が目的なのではなく、快適な環境が目的です。声をかけて前を歩いてエスコートするだけでも十分であることをこの講座で学びました。

 

 そして同時に大切なのは「車いすの方だけでなく、周囲の方も、共に楽しい時間を過ごせるようにすること」です。たとえば車いすの方が人混みを通る際に、一緒にいる人が大きな声で「すみませーん、すみませーん」と周囲に声をかけ、道を空けてもらい、そして追い越すとします。これは車いすに乗っている人が特別であることを周囲に押し付けかねない行動です。また「すみません」を繰り返し過ぎると、車いすに乗った人自身が「なんだか悪いことをしている気分」になりかねません。安全を確保しながら、周囲と程よい譲り合いを促すことが肝要なのです

 

 15日のスーパーラグビーには計6名の車いすのお客様が来場しました。1人の方にボランティアスタッフが移動のお手伝いを実施しました。他の方にも「ご案内いたしましょうか」というお声がけをしたのですが、同伴者がいたので案内は不要とのことでした。もちろん声をかけたスタッフは1人だけではありません。各所にいるスタッフがその都度「ご案内いたしましょうか」と声をかけました。

 

DSC_0411 実は、この「声かけ」は決して無駄なことではないと考えているのです。

 

 車いすの人が初めての目的地に行くのには覚悟が必要だとよく聞きます。スロープ、エレベーターなどの情報は施設のウェブサイトで事前にわかります。ただ「行ってみなければわからないこと」も多いと言います。もし現地に行って「あれ? 想像と違う」ということになったら、楽しい計画も全部台無しになるので実際に初めての場所に行くには覚悟がいる、というわけです。グループで出かける場合には、誰かが代表して下見をしてから行くかどうかを決めることもあると聞きました。

 

 そうした車いすや障がいのある人の「知りたい情報」として重宝されているのが「口コミ」です。実体験に基づく「口コミ」は何よりも有益な情報だと言います。「私も行けたからあなたも大丈夫」という実体験からの情報を、車いすの人々が互いに交換し合い、そして広げていっているのです。

 

 今回、秩父宮ラグビー場で実施したお声がけで、「行けばスタッフの人が次々に声をかけてくれるからなんとかなる」、つまり「行きやすい場所」「過ごしやすい場所」であるということが伝わっていくのではないかと期待しているのです。

 

 来年からSTANDはこのボランティアチーム「In Touch」事務局に本格的に関わります。今年はたった1人の車いすの方のご案内でした。しかし、こうした活動を繰り返すうちに、秩父宮のラグビー観戦にたくさんの様々な障がいのある人が訪れるようになってくれるのではないでしょうか。さらにラグビーだけでなく他の会場にも広めていけたら、と考えています。そして将来、すべての人が好きなスポーツを観に行く日が来ることを楽しみにしているのです。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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