(写真:今季は苦しんだ田中だが、優勝がかかった後半戦で活躍すればここまでの不振は忘れられる Photo By Gemini Keez)

(写真:今季は苦しんだ田中だが、優勝がかかった後半戦で活躍すればここまでの不振は忘れられる Photo By Gemini Keez)

「リリーフ陣に厚みができているのは実感できます。(トレードで)2人の先発が入って、刺激を受ける部分もあるだろうし、チームが良い循環になっていけばいい。去年のこの時期とは違うのは感じています」

 

 8月1日、田中将大に1年前と今季のヤンキースとの違いを尋ねると、そんな答えが返ってきた。すでにメジャーで4年目。エース格の1人として、田中もチームの立ち位置は実感できているはずだ。

 

 2017年のトレード期限を前に、まずヤンキースは7月18日にホワイトソックスとのトレードでデビッド・ロバートソンとトミー・ケンリーの2投手、内野手のトッド・フレイジャーを獲得。30日には過去2年連続10勝以上の左腕ハイメ・ガルシアを獲得し、先発ローテーションの層を厚くした。

 

(写真:2015年にはオールスターにも選ばれたグレイはエースも務まる素材)

(写真:2015年にはオールスターにも選ばれたグレイはエースも務まる素材)

 仕上げはトレード期限終了寸前の31日。2014、15年に2年連続14勝を挙げ、今夏の目玉の1人と言われた27歳の右腕ソニー・グレイをアスレチックスから手に入れ、一連の補強策を締めくくった。

 

 2年前にはサイ・ヤング賞投票で3位に入ったグレイが加わったことで、今季にブレイクしたルイス・セベリーノ、復調気配の田中と合わせて新たな先発3本柱が完成。ブルペンにもオフに呼び戻された105マイル左腕のアロルディス・チャップマンを先頭に、デリン・ベタンセス、ケンリーと速球派が揃っている。

 

 打線はやや疲れ気味だが、アーロン・ジャッジ、ゲイリー・サンチェスらは再び調子を上げてくるはずだ。田中の言葉通り、これらのトレードで、ア・リーグ東地区の首位を争うヤンキースがさらに向上したことは間違いない。

 

 躍進に繋がったファイヤーセール

 

 振り返ってみれば、2016年夏には、ヤンキースはトレード期限にアロルディス・チャップマン、アンドリュー・ミラー、カルロス・ベルトラン、イバン・ノバといったベテランを次々と放出した。その時点で優勝を諦め、“チーム解体”と呼んでも大げさではない大掛かりなファイヤーセールを敢行したのだった。

 

 このチームらしくない方法で将来に備え始めたことを、残念がるファンも少なくなかった。しかし、ブライアン・キャッシュマンGM以下、フロントの決断は正しかったということなのだろう。

 

「昨夏は難しい選択をしなければならず、それは今年も同じだった。“良いチーム”から“凄いチーム”になるべく努力してきた。ヤンキースは王座に近づいていかなければいけないんだ」

 31日にグレイのトレードが決まったあと、キャッシュマンGMはヤンキースタジアムで行われた会見でそう述べていた。その言葉通り、今のヤンキースなら地区、リーグ制覇のチャンスは十分。結果的にわずか1年で優勝が狙えるチームに戻ったのだから、その手腕は賞賛されてしかるべきである。

 

(写真:キャッシュマンGMのここ2年のチーム作りは着実なプランが感じられる Photo By Gemini Keez)

(写真:キャッシュマンGMのここ2年のチーム作りは着実なプランが感じられる Photo By Gemini Keez)

 何より素晴らしいのは、ヤンキースのチャンスは今季だけに止まらないことだ。グレイ、ケンリー、スターリン・カストロ、アーロン・ヒックス、ディディ・グレゴリアスらの移籍選手たちは揃ってまだ27歳。ジャッジ、サンチェス、グレッグ・バード、セベリーノ、ジョーダン・モンゴメリーといった生え抜きの若手にも、伸びしろがまだ残っていることは言うまでもない。

 

 さらに1年前の“ファイヤーセール”で獲得したクレイトン・フレイジャーはすでにメジャーで活躍中。遊撃手のグレイバー・トーレス、投手のジュスタス・シェフィールドも遠からずメジャーの舞台で活躍を始めることだろう。

 

 新たな黄金期の幕開けか

 

 デレック・ジーター、マリアーノ・リベラ、アンディ・ペティート、ホルヘ・ポサダといういわゆる“コアフォー”が引退して以降、ヤンキースはファンを惹きつけられるスター選手の不在に悩まされていた。

 

 しかし、実績あるベテラン、伸び盛りの若手がバランス良く敷き詰められた今のロースターは魅力十分。特にジャッジ、サンチェス、バードといった生え抜き野手が順調に育てば大きい。そうなれば、“コアフォー”の時代と同じく、ファンが愛着を感じられるチームができていくかもしれない。そんな新たな時代の構築に向け、今年は第一歩と言えるのだろう。

 

(写真:ジラルディ監督<左>にとっても勝負の時がきた。右は1996年の優勝メンバーだったグッデン Photo By Gemini Keez)

(写真:ジラルディ監督<左>にとっても勝負の時がきた。右は1996年の優勝メンバーだったグッデン Photo By Gemini Keez)

 今季のヤンキースには、ジーターが実働1年目、リベラ、ペティートが2年目を迎えていた1996年のチームと少なからず共通点があるようにも思える。次代を担うルーキーたちと、ポール・オニール、セシル・フィルダー、ウェイド・ボッグス、ドワイト・グッデンのような大ベテランが上手く噛み合い、当時のヤンキースは18年ぶりの世界一になった。それと同じように、今年のチームも頂点に向けて突っ走れるかどうか。

 

「今シーズン最後の2カ月に向けて、できるだけのことはやった。今年のチームは2017年を特別なものにできる能力をこれまでに誇示してきた。あとはこれから先にやり遂げるだけだ」

 キャッシュマンはそう述べ、ア・リーグ東地区制覇に自信を示している。もちろんまだ若手にすべてを託すのは早く、今季はCC・サバシア、マット・ホリデイといったベテランの効果的な貢献が必須になる。未曾有の不振は脱した感がある田中も、シーズン終盤では名誉挽回を果たさなければいけない。それらがすべて成し遂げられたとすれば……。

 

 ニューヨークのベースボールが再び楽しみになってきた。今季に上位進出できるかはわからないが、良い方向に向かっていることは間違いない。波乱の2017年が、数年以上にわたって続く芳醇な時代の1年目になりそうな予感が少しずつ漂ってきている。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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