快速球と剛速球はどう違うのか。前者がスピンのきいたホップするようなストレートなら、後者は回転数の少ないズドンとくるストレート。ボールの質に起因するのではないか。

 

 ボクシングでも同じことが言える。先頃、自身のツイッターで現役引退を表明した元WBC世界スーパーフェザー級王者・三浦隆司のレフトには「強打」というよりも「剛打」のイメージがついて回った。

 

 レフトといえば、世界王座12連続防衛中のジムの先輩・山中慎介の“神の左”が有名だ。「山中さんがカミソリなら僕はナタ」と三浦。「僕の場合はなぎ倒す感覚」

 

 ボクシング経験のある作家・安部譲二の作品に「殴り殴られ」(集英社文庫)というノンフィクションがある。三浦の場合まさに、このタイトルを地で行くボクシングスタイルだった。

 

 世界初挑戦からしてセンセーショナルだった。王者・内山高志とのWBA世界スーパーフェザー級タイトルマッチ。3回に渾身のレフトでダウンを奪うが、徐々にペースを握られ、8回終了TKO負け。「ボンバー・レフト」と「ダイナマイト・ライト」の攻防は、もうそれ自体が至上のエンターテインメントだった。

 

 可愛い子には旅をさせよ、ということわざがある。13年4月8日、メキシコのガマリエル・ディアスを左でなぎ倒し、WBC世界スーパーフェザー級王座を獲得。迎えた初防衛戦の相手はまたもやメキシコ人のセルヒオ・トンプソン。場所はメキシコの観光地カンクン。リングは闘牛場の中に組まれた。

 

 計量後、三浦はいきなりアウェーの洗礼を浴びる。体を休まそうとホテルの部屋に戻るとカギが壊れていた。「部屋には入れないし、外はうるさい」。挑戦者も一筋縄では行かなかった。2度のダウンを奪いながら、自らもカウントを聞いた。判定は3対0で三浦。長い歴史を誇る日本のボクシングで世界初防衛戦を海外で行い、勝利したのは、後にも先にも三浦だけだ。

 

 5度目の王座防衛に失敗したものの、15年11月21日 、ラスベガスでのフランシスコ・バルガス(メキシコ)戦は栄えある「年間最高試合」(全米ボクシング記者協会)に選ばれた。殴り殴られ、倒し倒され。「誇れるのは自分のスタイルを貫いたこと、それを世界に認めさせたこと」。世界を震撼させた骨太なファイトは誰にも真似のできないものだった。

 

<この原稿は2017年8月9日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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