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(写真:真っ赤なガウンを羽織って入場。「入場も僕の表現」と魅せることにこだわる)

 斜陽の全日本プロレスに明るさが戻ってきた。かつては団体分裂、選手の大量離脱が原因で人気は下降線を辿っていたが、徐々に盛り返しつつある。その全日本に光を照らしているのは、“全日の太陽”と呼ばれる宮原健斗だ。8月27日の両国大会ではメインイベントで三冠ヘビー級王座をかけて、王者・石川修司に挑む。3カ月前に奪われたベルトを取り返すためのリベンジマッチである。

 

「チャンピオンベルトを失ってもチャンピオンになっている時と変わらず興行を締めて、ファンと触れ合って帰る姿を見て、自分は宮原選手を全日本の太陽のような選手と言いました。まだその輝きは失っていない」

 第56代王者の石川がそう称えるほど宮原の存在感は際立っている。強烈な膝蹴りを見舞う「ブラックアウト」、ダルマ式ジャーマンスープレックスホールドの「シャットダウン・スープレックスホールド」など見た目でも華やかな必殺技でファンを魅了する。試合後のマイクパフォーマンスでも会場を沸かせている。

 

 陽が昇るまでの時間

 

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(写真:「披露すれば勝利にもつながりますし、魅せたいとの思いもあります」という必殺技のひとつブラックアウト)

 今や団体のエースとして、全日本プロレスを牽引している宮原だが、陽の目を浴びるまでには時間がかかった。小学生の頃、“超人”ハルク・ホーガンに魅せられ、プロレスラーに憧れた。小学校の卒業文集では将来の夢に「プロレスラー」と記した。小中学校は野球、高校では柔道に明け暮れた。それも「プロレスラーになるための身体作りでした」という。しかし高校在学中に受けた健介オフィス(現ダイヤモンド・リング)の入門テストでは不合格となった。

 

「人生で初めて挫折を感じ、途方に暮れましたね。夢と現実は違うなと。そこから夢を掴むための日々が始まりました」

 プロになるための体力が足りなかったと痛感した宮原は、そこから猛練習を自らに課した。腕立て伏せ、スクワットなど筋力トレーニングで身体を鍛えた。

 

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(写真:石川〈右〉との一戦は名勝負の予感が漂う)

 約3カ月後、リベンジを果たすべく健介オフィスへの入門テストを再度受けた。課題をクリアし、晴れて2007年3月、健介オフィスに入門した。だが、そこからリングに上がるまで1年近くかかった。下積み時代を振り返り、宮原は「自分の時間もゼロでした。苦労しかなかったですし、楽しいことはひとつもなかった」と語る。プロになってからもスターダムに駆け上がるまでは時間がかかった。

 

 デビューから5年、13年9月に宮原は所属していた健介オフィスを飛び出し、フリーになった。全日本を主戦場にし、翌年の1月から正式に全日本への入団を果たした。それが転機となり、アジアタッグ、世界タッグとベルトを巻いた。そして16年2月、ゼウスとの三冠ヘビー級王座決定戦を制し、ついに全日本の至宝を掴み取った。この時、宮原は26歳11カ月。史上最年少の三冠王者に輝いたのだ。今年5月にベルトを奪われるまでの8度の防衛は三沢光晴、小島聡と並ぶ歴代2位の記録だった。「三冠ベルトを獲ってからの1年3カ月。そこは僕にとって大きいと思います」。ベルトを守り抜いた時間が、宮原を成長させた。

 

 ファンこそ最高のパートナー

 

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(写真:試合後のマイクパフォーマンスも魅力のひとつだ)

「宮原健斗=最高ですから。その意味は僕を見れば分かる。僕が身体で表現するものが最高だと思います」と宮原。彼には「プロである以上は常に最高を目指す」という強いこだわりがある。

 

 そんな宮原が「最高のパートナー」と口にするのがファンの存在だ。リング上で命を懸けて闘うのがプロレスラーの宿命である。その恐怖心に打ち克ち、戦場へと向かう。

「ファンが恐怖心を払拭してくれるし、背中を押してくれる。入場時のファンの声援が入場の時にあるから、恐怖心も払拭してリングに入れるんです。最高のパートナーじゃないですかね」

 

 そして、続ける。

「お客さんを笑顔で帰すこと。それを意識していますし、それが僕の力になっています。でも毎回パワーを与えるつもりが、逆にもらっている。不思議ですね。プロレスラー冥利に尽きます」

 

 中でも宮原が意識するのは“一見さん”である。

「どんな会場で試合する時も初めて見に来た人を意識して試合をしています。また来たいと思わせる。それが僕のリングに立つ上でのポリシーでもありますね」

 その試合で魅了できなければ、二度と会場に足を運ばないことだってあるからだ。

 

 全日本の興行でも他団体やフリーのレスラーが参戦することは珍しくない。それすらも宮原はチャンスと捉えている。「(他団体のお客さんを引っ張っていく)そういう気持ちしかないです。“宮原健斗、最高だ”と思わせたら、オレの勝ち。そう思って試合をしています」

 

 “最強”を倒し、更なる高みへ

 

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(写真:デビューしたての緊張感、プロレスに対する夢は今も変わらない)

 最高にこだわる男にとって、現状は我慢のならない状況だろう。今年5月に宮原は1年3カ月守り抜いてきたベルトを石川に奪われたからだ。「プロレスラーである以上、常に主役でいたい。主役=三冠ベルトだと僕は思う。ベルトを巻いている選手になりたいですし、常にスポットライトに当たっていたい」。団体のエースとして、最高を目指す者として、全日本の至宝奪還は至上命題とも言える。

 

 その宮原に対し、石川は最強の呼び声が高い。身長195cm、体重130kgの巨体を生かしたパワフルな打撃を中心とした攻撃が持ち味。破壊力抜群な上に器用さも持ち合わせている。「巧さとパワーを兼ね備えているでかい選手はあまりいないので。そこが石川選手のすごいところ」と宮原。まさに剛と柔を兼ね備えたレスラーだ。5月の対戦では宮原が20分38秒でジャイアントスラムからの体固めで、マットに沈められた。「プロレス界で最も“最強”という言葉が似合う選手。それを試合で感じさせられましたね」と振り返る。

 

 最高vs.最強の第2ラウンド。8月27日、全日本45周年興行となる両国大会のメインイベントで行われる。宮原は決戦に向けて、鼻息は荒い。「チャレンジャーという枠組みで臨む自分が非常に楽しみな部分はありますね。ずっとチャンピオンとして迎え撃つ側だったので、それが今回は真逆。それまでに自分がどういった気持ちになるか楽しみです」。石川という巨大な存在が、宮原を更なる高みに導くのかもしれない。

 

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(写真:試合当日の朝や会場に到着すると戦闘モードのスイッチが入るという)

 全日本の社長兼レスラーである秋山準は、宮原について「技術的には申し分ない」と高く評価する。その一方で全日本、プロレスリング・ノアで数々のベルトを巻いてきたトップレスラーは、こうも見ている。

「彼には明るい太陽のようなイメージが皆さんにはあると思います。そこに彼のどす黒いというか、ギラギラした部分が見えた時に初めて表と裏が揃って、もっとすごいレスラーになる。表のキラキラした部分だけではなく裏のドロドロした部分をもリング上で表現できるようになったら、僕らが到達できない域に達すると思います」

 

“全日の太陽”が激しく燃え上がり、眩いばかりの輝きを放った時、全日本も更なる高みへと上昇する。宮原が思い描く夢はこうだ。「プロレスラーとしてもっと最高になる。全日本プロレスを盛り上げ、全国に広めたい。すべて上向きな夢です」。会場が熱狂の坩堝となり、その中心には宮原がいる。それが彼の望む最高の光景である。

 

1708miyaharaPF2宮原健斗(みやはら・けんと)プロフィール>

1989年2月27日、福岡県生まれ。08年2月健介オフィス(現ダイヤモンド・リング)でデビュー。13年に退団後はフリーとして活動した。14年1月に全日本プロレス入団。8月に鈴木鼓太郎と組みアジアタッグ王座を獲得すると、翌年5月には潮崎豪と組んで世界タッグ王座も手中に収めた。16年2月には三冠ヘビー級王座決定戦で、ゼウスに勝利。26歳11カ月での戴冠は史上最年少の三冠王者となった。その後、歴代2位となる8度の防衛を果たした。身長186cm、体重102kg。

 

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(文・写真/杉浦泰介)

 

 現在、BS11では「全日本プロレスイレブン」(毎月第4水曜23時30分~24時)を放送中。8月23日(水)の放送では8月3日新木場大会の模様や、27日両国大会の見どころをオンエアします。是非ご視聴ください。


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