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(写真:UWF入団の際の恩人・藤原組長と闘った)

「まさに熱狂の夏だったなぁ」

 8月14日、後楽園ホールでのカッキーライドを終えた僕は、今も興奮冷めやらぬ状態が続いている。

 

 ここまで全速力で駆け抜けた夏は、おそらく小学生以来ではないだろうか?

 カッキーライドでは、ファイターとしてだけでなく、プロモートや広報、チケット販売に至る裏方関係もできる限りやらせていただいた。それはもう時間がいくらあっても足りない感じだった。

 

 大会だけでなく、ミヤマ☆仮面のイベントも同時進行で行なっていたので、クワガタキャラだが、猫の手も借りたい心境であった。

「勇気ある撤退も時には必要。目の前に頂上が見えた状態かもしれませんが、大会を中止にすることも選択のひとつですよ」

 こんなアドバイスをされるほど僕は追い込まれていたのだ。おそらく見ていられないくらいに疲労困憊していたのかもしれない。

 

 しかし今回、僕はどんなに忙しくとも練習だけは手を抜かずやりきった。それが強さを追い求めたUWFだからだ。

 もちろん、主治医との約束もあり、免疫力が落ちないよう、メーターを振り切る激しい練習まではこなしていない。やはり思いっきりやれないのはもどかしかった。

 

 それでも昨年の状態を考えたら、比べ物にならないほどの運動量であるのは間違いない。

 ここまで回復できたことを心から幸せに思う。

「がん患者だからといってリング上では相手にも観客にも同情はされたくない」

 このように考えていたので、チャンスがあれば藤原喜明組長を絞め落とすぐらいの気持ちでリングに上がった。これこそが、UWFなのである。

 

 しかし、藤原組長は強かった。正直、あそこまで何もできないとはショックだった。

 試合前の取材で「今のありのままの姿を見て欲しい」と発言したが、あれほどまでに完膚なきまでにやられてしまうとは……。腕や脚の関節を面白いほど極められ、僕は多くの観客の前で何度も悶絶した。

 

 自分の甘かった練習に今更ながら反省すると同時に“リングに上がって良かったのだろうか”という気持ちにもさせられた。しかし、娘からのこのメールに救われた気がした。

 

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(写真:リング上で手紙を読む長女・綾乃さん)

<パパの試合は、始まるまではすごく緊張して、ケガをしないかとかそういう心配が大きかったのですが、始まってからは試合に圧倒されました。

 やっぱり藤原組長はものすごーく強かったね。でも、諦めずにその強い敵に何度も何度も立ち向かっていくパパの姿はすごくかっこよく思いました。

 パパは何に対しても、病気に対しても、あまりにも強い相手に対しても、絶対に絶対に諦めないし負けません。その事を再確認した試合でしたよ。

 あの試合を見た後、私たち(バクステ外神田一丁目)も命を賭けて闘う神聖なリングの上で、パフォーマンスさせていただけることに感謝の気持ちでいっぱいになりました。

 会場の皆様は本当にあたたかくて、歌っていてとても気持ち良かったし、こんなにもあたたかい皆様に応援されているパパは幸せものだなと思ったよ。

 パパの引退試合も今回と同じ後楽園ホールで、その時小学五年生だった私はパパに向けて手紙を読みましたが、またそれを今回の復帰試合で11年振りに再現出来たのが個人的には嬉しかったです!これからも病気に負けずに頑張ってね。私も輝きます!>

 

 セコンドに付いてくれた15歳の息子は、この大会をどう見たのだろうか?

「正直、お父さんならやってくれる(勝つ)と思っていたからタップ(参った)したときは驚いた。ずっとスパーリングなどの練習を見ていたから、あそこまでやられるとは思ってもみなかったよ。だけど何度やられても挑み続けたところにオレも観客も引き込まれていったと思う。怪我しなくて本当に良かったな」

 

 一番近くで試合を見届けてくれた息子には、もうひとつ大きな役割があった。

 実は今回、音響担当の方が急遽変更というトラブルもあり、代わりに息子が進行や音響面を手伝うことになったのである。

 

「やるからには中途半端ではなく、自分が思っている世界観でやってみろ」

 選曲や照明などすべての演出を15歳の息子に託した。もしもプレッシャーに押しつぶされたとしてもそれも経験だ。

 

「すべての責任は垣原賢人がとるから、思うようにやれ」

 息子には、こんなカッコイイことを言ってしまったが、本当は試合以上に心配でしょうがなかった。

 

「自分が音響演出を担当してみて、闘病生活をテーマに選曲したから暗めな感じだったけど、そのお陰でUWFのテーマがかかったときの歓声は凄まじくてビビったよ」

 息子は、大会が終わった後、満面の笑みで僕に話しかけてきた。

 

 かなり手応えがあったのか、自己採点は90点と高得点なのが笑える。

 当日機材を操作してくれたのが、大日本プロレスの新土裕二リングアナだったのも良かったのだと思う。プロ中のプロがそばに付いてくれていたので、大惨事は免れたのかもしれない。

 

 きっとみんなに支えてもらった大会だったことを息子も強く感じているだろう。

 それにしても自分の思い描いた進行で滞りなく遂行できたのは、15歳にとって大きな自信になったと思う。この体験をきっかけに、2人の子どもが将来に向けて大きく羽ばたいてくれたら、カッキーライドは大成功だったと胸を張って言えると思う。

 

 大会の総括は、10年後にしておこう。それまで1日でも早く、藤原組長から一本取れるよう僕も日々精進していくつもりだ。


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