かの阿久悠さんなら、どのような言葉で「甲子園の詩」をつむぐのだろう――。思わずそんな妄想が頭をよぎる。まさに「スター誕生!」。広陵の中村奨成のことである。

 

 今夏の甲子園(第99回全国高校野球選手権大会)は、68本のホームランが飛び出し、大会記録を更新したことが話題になった。なかでも中村は、清原和博(PL学園)のもつ一大会個人最多ホームラン記録5本を塗りかえる6本塁打を放ったのである。(43塁打、17打点も新記録)。

 

 最大のスーパースター清宮幸太郎(早実)は出ないし、強打者という前評判でもまぁ例年並みだな、筋力を鍛えて金属バットのスイングをしている……などと、毎試合、さめた目で眺めていたのである。そこへ登場した中村のスイング。

 

 え? つい、もう一度見直す。

 

 出たな。これはものすごい打者が出現した……。

 

 たとえば、2回戦となった8月17日の秀岳館戦をとりあげてみよう。

 

 3-1と広陵リードで迎えた9回表。秀岳館の投手は2番手の左腕・田浦文丸。ちなみにU-18日本代表に選ばれている好投手で、チェンジアップが鋭い。

 

 この回、広陵が攻めて、1死二、三塁となって打席に3番中村を迎える。

 

 正直、敬遠だろうと思った。追加点が入ったらほぼ試合は決まる。無理をする場面ではない。

 

 中村、打席に入って構える。敬遠か勝負か。田浦、第1球を投げた。おそらくは外角低めを狙ったストレートが、シュートして中に入っていく。

 

 次の瞬間、誰もが左中間へのホームランを確信した。筋力を鍛えて、金属バットを振り込んで打った打球とはまったく質の異なる、高く大きな弧が左中間スタンドへ伸びていった。

 

 球場全体に、敬遠かな勝負かな、という迷いのような空気が漂う中で、初球をいとも簡単に大ホームランにする力。これは、鮮烈以外の何ものでもない。

 

 品のある立ち居振る舞い

 

 NHK「クローズアップ現代+」(8月28日放送)に出演した筑波大学の川村卓准教授は、動作解析の第一人者として知られるが、中村のフォームを分析して「右ヒジのたたみ方が非常に上手。高校生でヒジがこれだけしっかりたためるというのは、見たことがないくらいすばらしい打ち方」と指摘していた。

 

 打った初球は、結果としてインコースにくいこんでいくボールである。それをとらえるとき、中村の右ヒジは、いわば体側にくっつくように、グイッと入った形でスイングしている。そしてインパクトのときに左腕も右腕も前に伸びて、ボールを押しこむ。

 

 ステップする両足、両ヒザの動きとあいまって、見事なフォームである。

 

 何よりも、彼のバッティングは見ていて美しい。そう感じさせる品のようなものがある。だからこそ、はじめて見た瞬間に、すごいものが出現したと感じたのだ。

 

 では、ここで言う品とは、何なのだろうか。この問いに、明確な答えを与えてくれたのは、谷繁元信氏である。

 

 彼は、こう書いている。

<大型の捕手だが、何げない動き、しぐさ1つを取っても雰囲気がある。股関節、ひざ、足首が非常に柔らかいから、立ち居振る舞いに品が生まれる>(「日刊スポーツ」8月23日付)

 

 そうなのだ。関節の柔らかさが、品を生んでいるのだ。ついでに、谷繁さんの、近年の選手への苦言も引いておこう。

<どこかに硬さがあると、どうしても動きにぎこちなさが出てしまう。特に近年は硬さの目立つ若い選手が多い中で、彼の柔らかみは突出している>(同)

 

 激しいトレーニングで筋力をつけて、金属バットを強振すれば、強い打球は生まれる。チームでそれを実践すれば、強打線が誕生する。しかし、それは「硬さ」にもつながるのではないか。谷繁さんの批判は、そういう現状に届いている。

 

 もう少し、ふり返っておこう。

 

 4本目は聖光学院戦。4-4の同点の9回表に出た。無死一塁の場面。

(1)外角低め ストレート ストライク 見逃し

(2)外角低め スライダー ストライク 見逃し

(3)捕手が中腰になって構えてウエストボール 外角高めの138キロ

 

 中村、ごく自然にこれをスイングすると、またまた打った瞬間にそれとわかる左中間へのホームラン。打球が大きく高い弧を描いてスタンドまで飛んでいく。柔らかさの祝祭とでも言おうか。ウエストボールに対して、迷いなくスイングできるところに、凡百の打者とのギャップを感じる。それは、敬遠か勝負かと球場全体が迷いに支配されている状況におかれても、初球を当然のようにフルスイングできる感性ともつながっているだろう。

 

 つまり、彼は、筋力強化、金属バット、強打者という、昨今のトレンドが生み出したスターではない。木製バットの野球とも通底する品を身にまとって出現した強打者なのである。

 

 すなわち、時代の流れが必然的に彼を生んだのではない。時代を超越した、いわば打者の普遍的な姿として、出現したスターなのである。

 

 半端ではないスイング

 

 少し、プロ野球についても触れておきたい。プロ野球もまた、見る者にとって、出現の魅力を待ちわびるものである。なぜならば、出現とは、時代の趨勢とはなにほどか質の異なる、独自の魅力を放つ者の謂だから。

 

今季の「出現する者たち」をふり返ると、まず楽天の茂木栄五郎、カルロス・ペゲーロという1、2番が出現した。

 

 従来の日本野球の常識に異を唱える、実に見ごたえのある1、2番だった。

 

 次いで出現したのは、福岡ソフトバンクの捕手、甲斐拓也だろうか。身長170センチという小柄な捕手ながら、その強肩と身のこなしには、実にキレがある。

 

 そして、実は今、出現しかけているのが西川龍馬(広島)ではないか。

 細身の左打者ながら、スイングは半端ではない。

 

 象徴的なのは8月12日の巨人-広島戦。巨人の先発はエース・菅野智之。

 2回裏だった。西川は先頭打者で打席に入る。

 

(1)スライダー ストライク 見逃し

(2)インハイに144キロのストレート

 これを、ものの見事にライトスタンドに運んだのが、ややシュートして、インコースのボールゾーンからストライクゾーンに入ってくる軌道だった。彼は両手をうまくたたんで、芯でとらえて押しこんだ。

 

 ここでも中村同様、左ヒジ(西川は左打者、中村は右打者。中村の右ヒジに相当する)のたたみ方が素晴らしい。体側にねばりつくように、スイングとともに回っていって、インパクトでボールを押しこんでいる。試合も、このソロによる1点が決勝点となり、広島は1-0の勝利。

 

 くせ者出現! と言いたくもなるでしょう。

 

 大谷翔平の不在

 

 最後に、大谷翔平の不在にもふれておく。出現の反対語としての不在である。まず、打者としては出場していたから不在ではない、という反論があるかもしれない。大谷は、二刀流で出場してはじめて大谷という稀有な存在である、と再反論しておく。

 

 ご承知のように、8月31日のソフトバンク戦で、彼は今季2度目の先発登板を果たした。3回1/3投げて4失点だが、この際、結果は問わない。

 

 大谷の剛速球を生み出す1つのカギとして、しばしば指摘されるのが、踏み出した左足を、リリースの瞬間にグイッと引く動きがあることである。これが、ボールにさらなる推進力を与えるという。

 

 この日、立ち上がりから、たしかに154キロ、156キロと、快速球を投げ込んでいた。しかし、左足を引く動きは見られなかった。踏み出した左足は着地したらその位置のままで、リリースした右腕が振られてゆき、次いで、右足が着地する。明らかに、すーっと投げているのだ(それが足首の故障と関係あるのかどうかは知らない)。

 

 ただし、全球そうだったのではない。何球か、グイッと左足を引いたボールがあった。まずは、1回表に、160キロを記録したとき。1回はこのボールだけ、左足を引いた。あとは、柳田悠岐に対したとき。2回表、柳田にカウント3-1になってからのストレートは、少し引く動きがあった(157キロ、ボール)。

 

 4回の失点のシーンも、1死二塁で柳田を迎えたときに、2球、引く動きが出て、160キロを投げている。しかし、決定的な3ランを打たれた福田秀平の打席では、この動きはなかった。

 

 邪推すれば、ようするに、リーグを代表する強打者・柳田には思わず力を入れたけれども、それ以外の状況ではすーっと投げる。現状はまだ、そういうコンディションだということではなかろうか。

 

 これで、本当に、来季からメジャーに行くのだろうか。もう1年、日本でやって、ストレートは全球、思い切りぐいっと引けるくらいの(去年のいま頃はそうだった)状態に戻してからにしたほうが、アメリカでも成功しやすいのではないかと、老婆心ながら思います。

 

 今季、日本野球は「大谷翔平の不在」という、きわめて大きな不在の中で行われてきた。そこにまず清宮幸太郎が存在感を示し、中村奨成が出現した。あるいは茂木栄五郎や甲斐拓也や西川龍馬が出現した。出現は、ひとつの救いなのだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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