<『そう遠くない日』と言っていた日がとうとう訪れました>。8月28日、46歳のプロテニスプレーヤー・伊達公子が自身のブログで引退を表明。現役最後の大会は9月11日に始まるJapan Women’s Openだ。伊達は世界ランキングで最高4位に入るなど、アジア女子テニス界の草分け的存在を担った。計16年に及ぶ伊達の現役生活の中で、歴史に残る死闘がある。96年4月、フェドカップ・ワールドグループIの1回戦(日本vs.ドイツ)。伊達の対戦相手は世界ランキング1位のシュテフィ・グラフ。年間ゴールデン・スラム(全豪、全仏、全米オープン、ウィンブルドン選手権、オリンピックの5冠)を達成した唯一のプレーヤーだ。伊達がグラフから大金星を挙げた試合を21年前の原稿で振り返ろう。

 

<この原稿は1996年7月号『月刊現代』(講談社)に掲載されたものです>

 

 文字どおりの死闘だった。

 

 雌雄を決したのは実に九百五十二打目――。

 四月二十八日、東京・有明コロシアムで行われた日本対ドイツのフェドカップ・ワールドグループIの一回戦。世界ランキング七位の伊達公子は同一位のシュテフィ・グラフから日本テニス史に残る大金星をあげた。試合時間、三時間二十五分。ファイナルセットは同杯史上最多の22ゲームを記録した。

 

 前日の試合で左足の裏側を傷めた伊達は、この日、故障箇所をテーピングしてコートにやってきた。

 

 しかも相手は女王・グラフ。過去、六戦全敗。誰の目にも伊達の不利は明らかだった。

 

 ところが、奇跡は起きた。グラフのフォアがネットにかかった瞬間、悲願は達成された。九千六百人の観衆は総立ちとなり、嵐のような拍手をおくった。

 

 伊達はいかにして難攻不落の城を攻め落とし、心身ともに極限の戦いを制したのか。

 

 元プロテニスプレーヤーの甘露寺圭郁氏に技術分析を仰ぎながら、歴史的な死闘を検証してみたい。

 ワンセットオールで迎えたファイナルセット。1-1、2-2、3-3。ともに譲らず一進一退の攻防が続く。

 

 4-4で迎えた第9ゲーム、伊達が先にグラフのサービスゲームをブレークした。5-4。悲願まであと1ゲーム。

 

 第10ゲーム、女王相手についにマッチポイントを迎えた。しかしA-40からのストロークは惜しくもベースラインを越えた。

 

 女王はここから猛然と反撃に転じ、伊達のサービスゲームを逆にブレークした。

 

 マッチポイントを取り損なったツケは、やはり高くつくのか――。

 

 伊達はこう語っている。

「一回目のマッチポイントを取れなかった時は、もう(チャンスは)来ないかと思った……」

 

 それを受けて甘露寺氏は言う。

「体が硬くなっていましたね。グラフ相手に初めてのマッチポイント、これを一発で取れないと流れがかわってしまうんじゃないかと……」

 

 実際、次に勝利の女神の前髪に触ったのはグラフだった。

 

 グラフの6-5で迎えた、第12ゲーム。30-40で女王はマッチポイントを迎えた。激しいラリーの応酬の末に、グラフのショットはアウト。伊達は奈落の底へ突き落されかかりながら、かろうじて生き延びた。

 

 ここから先は伊達の6-7、7-7、7-8。常にグラフが先行し、伊達が追いかけるという展開。

 

 伊達は語っている。

「勝つとか負けるとか、もうそれどころじゃなかった」

 

 第17ゲーム、このセット二度目のサービスブレークで9-8とリードしたものの、またもや次のサービスゲームを反対にブレークされ、試合は果てしない消耗戦の色を濃くしていく。

 

 左足を襲う激痛

 

 続く第19ゲームもグラフがサービスゲームをキープした。ゲームカウントは9-10。いよいよ伊達は追い込まれる。

 

 しかし第20ゲーム、0-15から伊達の目のさめるようなショットが飛び出した。クロスでグラフを左に振っておいて、絵に描いたようなダウン・ザ・ライン。グラフはボールの行方を目で追うだけで一歩も動くことができなかった。

 

 30-15からの攻めにも見応えがあった。伊達のダウン・ザ・ラインに備えて、自らの左サイドをカバーしようとグラフが左足に心持ち重心を移した瞬間、弾道の低い矢のようなクロス突き刺さった。またもやグラフ一歩も動けず。

 

 左右に揺さぶられた挙句、定規ではかったようなピンポイント・ショットを打ち込まれたグラフの表情には明らかに疲弊の色が見られ、徒労となるフットワークを余儀なくされた両足は、かすかにけいれんをきたしている。

 

 グラフのストロークがベースラインを越えたと思わせる瞬間があった。そのラリーに敗れ、ポイントを失った伊達は血相をかえて線審の女性に向かって叫んだ。

 

「オバサーン!」

 かん高い声がスタンドの上段にまで響き渡った。

 

 一方のグラフはポイントとポイントの間で水分を補給した。タフで鳴るグラフが、この時ばかりは音を上げる寸前のマラソン・ランナーのように弱々しく映った。

 

 アドバンテージを手にした場面で、伊達は痛む左足を引きずった。軽い屈伸運動をしてから、トスを上げる。ほぼ頭上に上がったボールを見送り、サービスをやり直す。今度は頭上やや前方に上がった。

 

 伊達はひざを折り、凝縮した体のエネルギーを直径六センチ余の球体にぶつけた。きれいに右腕が振り抜かれ、球体は一個の猛禽となってハードコートを襲った。それは比較的、容易に返されたが、この日の伊達のサービスは、いつもより明らかに速く、しかも正確だった。

 

 強化されたサービスは坂井利郎監督のアドバイスを得て改造したものだった。右肩に負担のかかる従来のフォームは矯正され、スイング・スピードが増したことで、しばしばグラフの迎撃態勢が遅れた。

 

 第20ゲームを取り、ゲームカウントを10-10にした伊達は、インターバルの間、左足の激痛に耐えかねて何度も顔をゆがめた。

 

 追い詰められる女王

 

 伊達は語っている。

「ここまできて、ここでリタイアするのだけは嫌だった。どうしても最後まで戦い抜きたかった。彼女(グラフ)の足にもけいれんがきているのがわかったから、彼女よりも先にコートは出たくないなと……」

 

 そして迎えた第21ゲーム、伊達の左右への揺さぶりが冴えまくる。けいれんを起こしているグラフの足では、もはや伊達の速い攻撃についていくことはできなかった。

 

「グラフがファイナルセットの後半、足にけいれんを起こしたことが伊達の勝因」

 

 と見る向きもあるようだが、筆者はそうは思わない。伊達の左右への揺さぶりと速い展開が、ボクシングにおけるボディブローのような効果を発揮して、やがてグラフの足からじわじわと自由を奪い取ったのである。女王は確実に追い詰められていた。

 

 30-30から、グラフはあろうことかダブルフォールトのミスを犯した。打っても打ってもピラニアのように拾いまくり、決意をにじませたボールを返してくる伊達の執念を前に、もはや女王は平常心ではいられなかった。ダブルフォールトの瞬間、苛立ちをかき消すようにグラフはそっと人差し指で額の汗をぬぐった。

 

 デュースから、伊達は2ポイントを連取した。この2ポイントは三時間二十五分に及ぶゲームの中でも白眉と呼べるものだった。

 

 デュースからのポイントは左右に三度振り、最後はバックハンドによるダウン・ザ・ラインをサイドラインの内側三十センチあたりのところにきめた。ボールの位置に一、二歩寄ったグラフは、放心の表情を浮かべてショットの行方を見送った。

 

 ブレーク・ポイントの仕掛けはさらに巧妙だった。グラフを左右に走らせ、クロスのあとにストレートを打つと見せかけ、再び低い弾道のクロスを見舞った。ストレートに対応しようと左にステップを切っていたグラフは、予測の逆をつかれて対応する術を失った。

 

 11-10。伊達はこのゲーム、三度目の王手をかけた。流れは明らかに彼女の側にあり、幸運な観衆は歴史的な瞬間を目前にして、じっと息をひそめた。この時、コートの隅にある時計の針はゲーム開始から三時間二十分が経過したことを告げていた。

 

 第一セットの奇跡

 

 冒頭でも述べたが、伊達の足に重装備のテーピングが巻かれていることに気づいた時、大半の観客の期待は「勝利」から「善戦」へと移っていった。相手が並の世界ランカーならともかく、世界一のグラフなのだから、それも当然である。

 

 試合が始まって、観客は伊達への期待をさらに下方修正せざるをえなくなった。あっという間に、ゲームカウントはグラフの5-0。赤子の手をひねるようにポイントが積み上げられる度に、左足のテーピングは悲鳴を発し、スタンドは溜息に包まれた。

 

「伊達は棄権するかもしれないな」。そんなささやきまで漏れたという。

 

 ところが、この悲鳴と嘆息からなるイントロダクションは、予期せぬクライマックスへと向かうためのドラマツルギーのひとつに過ぎなかった。第一セット、早々と王手をかけられたことが、伊達にはむしろ幸いした。

 

「足の不安もあり、ここまではズルズルと……。気持ちの整理もできていなかった。こうなったらできる限りのことをしよう」

 

 気持ちが晴れ、邪念が取り除かれた。叩きのめされているうちにグラフの強烈なフォアハンドのハードヒットにも体が順応し始めた。表情は相変わらず険しかったが、次第に悲愴の色は薄くなっていった。

 

 逆襲劇の幕は、予告なしにいきなり切って落とされた。ラリーをことごとく制した伊達は、グラフのミスにも助けられて、あっという間に5-5に追いつく。グラフの表情には明らかに焦燥の色が浮かんでいた。

 

 タイブレークからの攻防は、一進一退。伊達の6-5、7-6、そして8-7。伊達のバックハンドが冴える。そして、三度目のセットポイント。ジャックナイフのような切れ味を秘めたフォアハンドのダウン・ザ・ラインがグラフの左サイドを切り裂いた。

 

(後編につづく)


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