(写真:豪快なスイングは魅力だが、穴の多さも指摘されてきた Photo By Gemini Keez)
「彼なら“メジャーの顔”になれる。とてつもないタレントであり、同時にフィールド外でも魅力的な存在だ」
今年のオールスター期間中、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドはそんな風に語っていた。“彼”とはヤンキースのアーロン・ジャッジのこと。今季前半戦の時点では、コミッショナーの言葉は多くの球界関係者の想いを代弁しているかのように思えた。
オールスターまでの84試合で、ジャッジは打率.329、30本塁打、66打点と大爆発。2001年のイチロー以来となる新人王、MVPの同時受賞の可能性も十分と思われた。真摯なプレー態度、気さくな性格と合わせ、新たなスーパースターに必要なものをすべて備えているように見えたのだった。
MVP候補を襲った低迷の要因
しかし球宴明け以降、ジャッジは急降下している。オールスター以降の44試合では打率.134(187打席で67三振)、7本塁打、17打点のみ。7月8日から8月22日まで37試合連続三振を喫し、野手のメジャーワースト記録を更新してしまった。打率も.279まで下がり、“MVP候補”という声もすでに消え失せている。
(写真:打撃不振が続き、8月31日のレッドソックス戦ではジャッジの打順は6番に下がった Photo By Gemini Keez)
まだ25歳で、メジャーのフルシーズンをプレーするのはこれが1年目だ。ある程度のアップ&ダウンは予想されていたことではあったが、前半戦を見る限り、ここまで急激に崩れると考えた関係者は少なかったろう。
昨季のジャッジは8月にデビュー後27試合でなんと84打数42三振という驚異の三振率を記録した。今季前半に急成長したかと思いきや、後半戦では再び打率1割台、三振率も4割近くと低迷。MLB広しと言えど、これだけ波の激しい選手も珍しい。さて、メジャーの水にも慣れたと思われた今季後半、期待の星がここまで苦しんでいる理由はいったいどこにあるのか。
注/数字はすべて8月31日まで
“投手側のアジャストメント”“疲労”“不運”。メジャー某チームのスカウトに尋ねると、ジャッジ低迷の要因として3つを挙げてくれた。
今季前半ほどの勢いで打てば、ライバルチームが徹底的に解剖するのは当然。最近のジャッジは外角低めのボールになる変化球を頻繁に空振りしているというデータもあり、相手投手がより有効な攻め方を見つけ出していることは事実なのだろう。
まだメジャーで1年間戦い抜いたことがないのだから、長いシーズンの中で疲れを感じる時期は確実にあるはずだ。ジャッジはオールスターのホームランダービーでも圧倒的な強さで優勝するなど、ほぼ休みなくトップギアで突っ走ってきた。その蓄積した疲労ゆえに、スイングは少なからず鈍っているのかもしれない。
“不運”を指摘しているのは、筆者が話を聞いたスカウトだけではない。前半戦のBABIP(いわゆるインプレー打率)は.426だったのが、後半戦では.257。打球の速度が落ちているというデータもあり、単なる運不運では片付けられないものの、前後半のBABIPの格差は確かに極端すぎる。
名門浮上のカギは若き主軸
(写真:やや停滞気味のヤンキース。プレーオフ進出を果たせるか Photo By Gemini Keez)
ここまで見てきた3つの要素に加え、ここしばらくのジャッジは故障を抱えているという話もある。ここしばらくは左肩にアイシングを施しており、8月下旬には本人も痛み止めの注射を打つ可能性を認めていた。
「(左肩について)話し合ってはいるが、彼は大丈夫と言っている。心配はしていない。問題は打撃フォームで、肩の状態が影響しているわけではない」
ジョー・ジラルディ監督のそんな言葉は、真実を言い表しているのかどうか。疲労の話ともかぶるが、少なくとも現在のジャッジのコンディションが最高の状態ではないことは確かなのだろう。
こうしてジャッジが調子を落とすとともに、ヤンキースも停滞気味である。 6月13日の時点では38勝24敗も、以降は33勝38敗。ジャッジが打ちまくっていた7月終了時はまだ地区首位を走っていたが、8月には2位に陥落してしまった。チームの成績が一人に委ねられるわけではないが、前半戦で起爆剤になっていたジャッジが不振に陥り、打線は消沈してしまった感もある。
(写真:ジャッジと大砲デュオを構成するゲイリー・サンチェスの働きにも注目だ Photo By Gemini Keez)
それでもワイルドカード争いではトップだが、安泰と言える立場ではない。同地区のレッドソックスに9勝7敗。中地区のインディアンスに2勝5敗、西地区のアストロズにも2勝5敗と上位チームになかなか勝てないのも気になる。今後、プレーオフに向けて上昇気流に乗るために、ジャッジ、同じく中軸を打つゲイリー・サンチェスの働きはやはり不可欠に違いない。
「身体をリフレッシュさせることが最も大事だ。少し休み、リラックスすることで、自分を取り戻せる。特にこれから重要なゲームが待ち受けているからね」
8月28日、30日(29日のゲームは雨天中止)のインディアンス戦では2戦連続でジャッジを休ませた後、ジラルディ監督はそう述べていた。夏場の休養がポジティブに働くことはあるもの。9月2日からレッドソックスとの大事な4連戦を前に、適切なタイミングでの休養と言えたのだろう。
“All Rise(総立ち)”。そんなキャッチコピーとともに売り出されたジャッジの打棒は戻ってくるのか。そして、ヤンキースの2年ぶりのプレーオフ進出はなるのか。ジャッジのバットとチームの不沈は密接にリンクしているように思えるだけに、背番号99の動向からまだしばらく目が離せそうもない。
杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。
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