信濃グランセローズの主将を務める柴田悠介です。後期、球団創設以来の悲願である優勝を飾ることができました。これまで応援していただいたファンの皆さん、支援してくださった企業・団体の方々、またチームを支えてくれたスタッフ全員に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

 

 連敗後の切り替え

 優勝を決めた9月2日、小諸で行われた試合(福井ミラクルエレファンツ戦)は緊張と高揚感を持って迎えました。前日、2位のチーム(富山GRNサンダーバーズ)が敗れたことでマジックナンバーは1。球場に着くと1200人近いお客さんが詰めかけた満員のスタンドを見て「すごいな」と興奮しました。同時に「今日、決めないとマズイな」という緊張感もありましたね。試合は3回裏に僕がタイムリーを打って先制できたので、自分自身もチームもそこで乗っていけました。終わってみれば9-0、優勝を決めるのに相応しい試合だったと思います。

 

 後期は先に富山にマジックナンバーが点灯しました。こっちは残り試合が少なく、ほぼ1試合も落とせないという状況でした。試合を終えてスマホで結果をチェックすると「富山も勝ったか……」と思うこともしょっちゅうでした。そのときに「向こうが勝つなら、こっちも勝っていこう」と、チームが自然と前向きになれたんです。結果、9連勝で優勝決定。やはり信濃は勢いに乗ると本当に強いチームですね。

 

 主将として気をつけていたのは、「連勝中こそ大事にいこう」という意識ですね。勝っていてもミスがあったら反省して、それを次の試合では繰り返さないように、と。反対に連勝が止まった試合では、もちろん反省はしますが「あんまり引きずるなよ、スパッと切り替えよう」と声をかけたりしていました。

 

 今シーズンから主将を任せられるようになって、本当に優勝したかったので嬉しいですね。主将、4番打者、キャッチャーと肩書きが多くて「大変だね」と言われることもありますが、どんなにプレッシャーがあっても、逆にそれをバネにできました。

 

 野球にひと区切り

 この後は地区チャンピオンシップ、チャンピオンシップとまだまだ戦いが続きます。うちは公式戦があと1試合でインターバルが空いてしまうので、チームとして後期終盤の好調を維持していきたいですね。いや、維持するよりもレベルアップしてチャンピオンシップを戦いたいと思っています。

 

 今年、僕は26歳になりました。実は今シーズンで野球にひと区切りをつけようと思っています。できればNPBのドラフトに指名されて、さらに上のレベルへと進めたら最高なんですが、それには実力に加えて運や巡り合わせもありますから……。優勝したかったもうひとつの理由が、スカウトの人にプレーを見てもらう機会を単純に増やしたかったというのもあります。

 

 チャンピオンシップでは持ち味の勝負強いバッティングを披露して、少しでもNPBのスカウトの人の印象に残りたいですね。

 

 中京大中京高、明治大と常にレベルの高いチームで野球をしてきましたが、本当に考えて野球をやるようになったのは大学3年のときからなんです。それまでは何となく打ててる、何となく打てなくなる、また打てるようになる、そういう漫然とした感じで野球をしていました。それが大学3年のときから、こういう練習をするとこういう結果が出る、こうなったときにはこう修正すればいいんだ、というのが徐々に分かってきたんです。それで軟式社会人を経てBCリーグに入り、この信濃でも自分になりにレベルアップをしてきたつもりです。1日でも長く野球をやるためにも、チャンピオンシップを勝って日本一を目指したいと思います。

 

 ポストシーズンも信濃への応援をよろしくお願いします。

 

<柴田悠介(しばた・ゆうすけ)プロフィール>
1991年4月4日、愛知県生まれ。小学2年生から野球を始めてシニアリーグを経て、中京大中京高へ進学。同級生の堂林翔太(広島)、1学年下の磯村嘉孝(広島)らとともに2009年、春・夏連続で甲子園に出場した。甲子園では春ベスト8、夏優勝。卒業後、明治大に進学して捕手、一塁手を兼任。大学2年時の11年、明治神宮野球大会優勝。4年生の13年は同大会で準優勝を飾った。大学卒業後は社会人軟式野球の静岡ガスに進み、15年からBCリーグ、信濃グランセローズに入団。主将、4番、キャッチャーとしてチームの牽引役を務める。今季、打率3割2分3厘、7本塁打、58打点。優勝を決定した試合で先制タイムリーを放つなど勝負強いバッティングが光る。


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