ゴルフ界には「パット・イズ・マネー」という格言がある。「ドライバーは見せるため、パットは稼ぐため」とも言われるが、いわゆるパッティングの重要性を説くものだ。プロゴルファーを目指す河本結(日本体育大学)にとっても、パットが生命線である。

 

「パッティング入らない日は、すごくイライラするし、嫌なゴルフになります。どんなにショットが悪くてもパッティングが入れば、“今日は良かったな”と気持ち良く終われるんです」

 もちろん、パッティングがすべてではないが、ラウンドを回る上でもパッティングがキーになる。

 

 そもそも河本は「“コロン”とボールがカップに入る音が好きでした」と、ゴルフを始めた頃からパッティング好きである。「パッティングは好きですし、パットの練習だったら何時間でもできます」と笑うほどだ。

 

 記憶に残る大会も、渾身のパッティングでシーンが甦る。1つはプロを目指す大きなきっかけになった小学4年の西日本大会である。河本は初めて優勝カップを手にした10年前のラインを今でも覚えている。

 

 もう1つが今年5月に栃木のサンヒルズカントリークラブで2日間行われた関東女子大学春季Bブロック対抗戦だ。日体大をはじめ、日本大学、駒澤大学、東京国際大学、山梨学院大学、富士大学の6校が参加した。1校5人エントリー、4人出場。上位3人のトータルスコアで順位が決まる。トップがAブロックに昇格、最下位がCブロックに降格する。

 

 最終日の最終18番ホール。他校のスコア状況は確認していなかったが、接戦だということは肌感覚で感じていたという。河本は日体大監督の木原祐二から「あと1ホール、最後はバーディーやぞ」と檄を飛ばされていた。指揮官からの期待を意気に感じた河本はアプローチショットをピンから4mの位置に寄せて、バーディーパットに臨んだ。

 

 チームメイトたちが祈るように見詰めている。並の心臓なら手が震えてもおかしくはない場面だ。傾斜と芝目を読むと、左に曲がるフックライン。河本は「気合いで入れました」とバーディーパットを沈めた。「技術的にも難しいパッティングだった。この子は“持っているな”と感じましたね」と木原が称える。ホールアウトすると、仲間たちからも祝福を受けた。

 

 日体大はトップの日大とトータルスコアでは同点ながら、ポイントに加算しない4人目のスコア差で惜しくも2位だった。Aブロック昇格はならなかったが、河本は最優秀選手賞に選ばれた。

 

「打ち方やラインの読み方はオーソドックスだと思います。ただ彼女が他と違うところは、そのパッティングが入るものだと思って打っている」

 こう木原が分析するように、河本は強気の姿勢でボールをカップにねじ込んでいる。「負けん気の強さは武器だと思います。最後の追い上げや、ここぞの場面で生きているのかな」と本人も自覚ありだ。

 

 重圧に潰れかけたQT

 

 母・みゆきが「物怖じしない」と言うように、勝ち気な性格の河本。「緊張はあまりしない」と自身も語るが、珍しく平常心でいられなかったのが、日本女子プロゴルフ協会(LPGA)ツアーへの出場権が懸かるクオリファイングトーナメント(QT)である。1次予選にあたるファーストQTは3カ所(栃木、岐阜、岡山)で行われ、河本がエントリーしたB地区(岐阜)には108名のプロアマが参加。ここからセカンドQTに残れるのはおよそ2割。20位以内がそのボーダーの目安だった。

 

 実は河本、ファーストQTの前週にあった日本女子学生ゴルフ選手権競技は最終日に途中棄権している。学生の大会、LPGAのツアーに参加するなど多忙を極めたことにより、筋肉疲労で股関節を痛めていた。「時間を見つけたらすぐ練習する」と木原が証言するほどの練習熱心さが裏目に出たのだ。お盆休みも重って、その期間、整体に行けなかったこともあり、身体のメンテナンスは万全ではなかった。ショットも左に曲がる傾向が見られるなど、練習ラウンドの時から違和感は覚えていた。初日、2日目と痛みを押して出場はしたものの、本調子にはほど遠い。

 

「痛過ぎてラウンドできない」。これが偽らざる本音だった。最後まで出場を迷ったが、河本の不調を知った木原から「日本学生でも勝って欲しいが、プロになって1勝するのが早く見たい」と声をかけられた。大学の監督という立場を考えれば、簡単に言えることではない。それだけに河本も「すごくジーンときました」と胸にこみ上げてくるものがあった。

 

 ところが河本は初日、3オーバー(パー72)と大きく出遅れたのだ。トップとは8打差の57位タイ。「全く感じたことのない緊張。プレーに支障が出るほどは初めてでした」と振り返る河本のプレーで、特に乱れたのがパッティングだった。「変な力が入ってしまったり、タッチの調整がすごく大変でした。1mぐらいの距離を打つのもビクビクしたほどです」。普段のLPGAツアーやチャレンジツアーであれば、挑戦者の姿勢で臨めた。だが、QTでLPGAのツアー参加資格を得られなければ、その後の人生も左右しかねない。これまで味わったことのないプレッシャーにさいなまれ、自らの力を発揮できなかった。

 

「結ならできる」。勇気付けられたのは母・みゆきの言葉だった。小さい頃から何度も背中を押された。それには次のような母の想いがあった。「常に前向きで進んでほしい。子どもが目標にすることは否定しませんでした」。ファーストQTにも応援に駆けつけた母・みゆきは、初日のラウンド終了後、これまでと変わらぬように娘を励ました。

 

 2日目はパーセーブで順位は35位タイに浮上した。「最後は自分を信じるしかない」。最終日にはそう吹っ切れた。「ボギー以上を打ったら打ったで自分の実力不足です。“自分を信じれば絶対通る”と思い、自分が何打打ったかわからないぐらい集中していました」。最終日は3アンダーとチャージ。トータルスコアで初日のオーバー分を帳消しにした。順位も10位タイに滑り込み、10月末からのセカンドQT進出を決めた。

 

 負けん気が原動力

 

 今後はセカンドQT、サードQTを通過していくことが喫緊の目標となる。そしてファイナルQTは11月28日から兵庫県の有馬カンツリー倶楽部で開催。ここで上位に入れば、ランキングに応じてLPGAツアーへの出場資格が付与される。これが今、彼女が選んだプロへの道程だ。

 

 早くプロになって稼ぎたい――。河本のそれは“強くなりたい”“うまくなりたい”という向上心だけが理由ではない。これまで彼女を応援し、支えてくれた家族への想いがある。

「両親には好きなもの、欲しいもの、したいことも全部我慢してもらって、自分と弟はゴルフさせてもらっている。本当に感謝しても感謝し切れないです。それは心の中にずっと残っていますし、弟と一緒にいっぱい稼いで、好きなことをさせてあげたい。欲しいものも買わせてあげたいですし、行きたい場所にも連れて行きたい。そういう恩返しを絶対にしたいです」

 

 プロで羽ばたくための準備も当然必要だ。LPGAツアーに出場し、数々のベストアマを獲得している河本だが、それで満足はしていない。「ベストアマをいただけることはうれしいですが、アマチュアだからもらえるもの。まだまだ足りていない部分を実感しています」。足りない部分とは、身体作りを含めた全体レベルの向上だ。

 

「プロテストを受けた同世代の子たちの結果を見るのも刺激になりますし、大学の同級生たちが頑張っているので“自分も負けていられない”と思って練習しています」と口にするように、彼女の原動力は負けん気である。

「プロテストが嫌で、大学に入って逃げたと思われたくないです。大学でちゃんと準備して、プロでバーンと成績が出せるぐらいの存在になりたい。自分は違う道を選んだのだから、それを信じて頑張るしかないと思っています」

 

 好きなゴルファーはジョーダン・スピース(アメリカ)とローリー・マキロイ(イギリス)だが、憧れはメジャーリーグのフロリダ・マーリンズでプレーするイチローだ。言わずと知れた日本が世界に誇るヒットメーカー。今なお日米で多くの安打や記録を積み上げている。「ずっと憧れです。こういう人になりたいと思う。日本人皆が応援し、愛される選手になりたいです」。プロで活躍して、イチローに会うことも河本の目標のひとつである。

 

「日本でいっぱい稼いで、最終的には世界の舞台で戦いたい。東京オリンピックは選手として出たいです」

 19歳のゴルファーは賞金女王、海外ツアー転戦、そしてオリンピック出場と夢は広がる。「結ならできる」。強い意志で切り拓いてきた道を、この先も突き進む――。

 

(おわり)

>>第1回はこちら

>>第2回はこちら

>>第3回はこちら

 

河本結(かわもと・ゆい)プロフィール>

1998年8月29日、愛媛県松山市生まれ。両親の影響で5歳の時にゴルフを始める。小学生時はゴルフスクールに通いながら、サッカー、バレーボール、空手などを習った。2010年に全日本小学生ゴルフで2位に入る。ジュニア時代から将来を嘱望され、14年にはナショナルチーム候補選手に選ばれる。四国女子アマチュアゴルフ選手権は2度(13、17年)の優勝。LPGAツアーでもベストアマに幾度も輝く。今年4月より日本体育大学に進学した。身長163cm。得意なクラブはパター。

 

☆プレゼント☆

 河本結選手の直筆サイン色紙をプレゼント致します。ご希望の方はこちらより、本文の最初に「河本結選手のサイン希望」と明記の上、郵便番号、住所、氏名、年齢、連絡先(電話番号)、この記事や当サイトへの感想などがあれば、お書き添えの上、送信してください。応募者多数の場合は抽選とし、当選発表は発送をもってかえさせていただきます。締め切りは2017年10月31日(火)迄です。たくさんのご応募お待ちしております。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 

shikoku_ehime


◎バックナンバーはこちらから