今シーズンも、いよいよクライマックスシリーズ(CS)、日本シリーズを残すのみとなった。優勝が決まったあとも、セ・パともに2位、3位をかけて、順位争いが盛り上がっているところを見ると、CSもすっかり日本野球に定着した、と言うべきなのだろう。個人的には、ペナントレースはあくまで優勝を争うものであって、日本シリーズは優勝チーム同士で戦うべきだ、という自説を変える気はないが。

 

 その本来のありようと、定着したプレーオフのシステムをどう折り合いをつけるか。改善の余地はあると思う(少なくとも、シーズンで負け越した3位のチームが日本一になりうる、という現行制度がベストとは思わない)。

 

 それはさておき、今シーズンは3月のWBCから始まったようなものなので、思えば長い道のりだった。

 

 WBCといえば、準決勝敗退となったアメリカ戦。もっといえば、菊池涼介(広島)の痛恨のエラーと、その直後の打席での、執念のソロホームラン。この2つのシーンは、いまだに脳裡に鮮明によみがえる。

 

「常住死身」という境地

 

 野球の日本代表は「侍ジャパン」と呼ばれる。何をもって「サムライ」と言っているのか判然としないが、あの試合の菊池こそが、サムライ=武士なのではあるまいか。

 

 この9月に、「武士道書の中の武士道書」と言われる『葉隠』が、文庫版で刊行された(『新校訂 全訳注 葉隠(上)』講談社学術文庫)。「武士とは何か」をめぐる鮮烈な言葉にあふれている。

 

 有名なのは「武士道と云ハ死ぬ事と見付けたり」の一文だが、それだけではない。ちなみにこの条はこう続く。

「二つ二つの場ニて早ク死ヌ方に片付くばかり也。(略)毎朝毎夕あらためてハ死ニ死ニ常住死身ニ成て居る時ハ、武道ニ自由を得、一生越度(おちど)なく、家職を仕おおすべき也」(一-2)

 

「端的只今の一念より外はこれ無く候。一念一念と重ねて一生也」(ニ-17)

 

 一つ注記しておこう。ここでいわれる「死ぬ事」が具体的に指している事態は、刀を抜いて切りかかっていくことだという点である(菅野覚明『武士道の逆襲』講談社現代新書)。。「あれかこれかのぎりぎりの場面での決着は、刀を抜いて切りかかるという仕方でつけるのが武士のやり方で、それ以外にない」(同上)のだ。そこはわれわれ現代人とは決定的に違う。しかしながら、「あれかこれかのぎりぎりの場面」はわれわれにも訪れる。サムライであるかどうかは、そこで決まる。

 

『葉隠』は「早く死ぬ方に片付くばかり也」という。早く、すなわち考える暇もなくすぐに刀を抜く。われわれの生き方に引き寄せて言い換えるなら、考える間もなく、即座に覚悟をきめる、ということだろう。その生き方が「常住死身」という境地を与える。いわば、どの瞬間も切りかかる覚悟=心の準備ができていれば、精神に自由を得られるのだ。

 

 なにを長々とごたくを並べているのか、と思われるかもしれないが、あのときの菊池こそが、その境地だったのではないかと思うのだ。

 

 まず、エラーのシーン。打った瞬間、菊池は間髪を入れず、打球のコースの正面に入っている。そこにわずかの油断もない。すでに覚悟はきまっている。

 

 ただ、あまりに打球の正面に入るのが早すぎた。打球がグラブに届くまでに、一瞬の間ができた。ここで両足の動きが止まった。しかも上へはねるのではなく、横へイレギュラーした。

 

 そして、ホームランのシーン。この試合、パワーを誇るアメリカ打線でさえ、1本もホームランを打っていない。雨模様で、ボールも湿気を含んでいかにも飛びにくそうだった。では、筒香嘉智でもなく山田哲人でもなく、1人菊池だけが、しかも右打ちでライトスタンドへライナーで打ち込むことができたのはなぜか。いまの流行の言葉で言えば、菊池だけが「ゾーンに入っていた」ということだろう。それを『葉隠』は「常住死身に成て居る時」と言ったのだろう。

 

「一念一念」すなわち、「只今のこの一瞬一瞬」を、日常をつきぬけた覚悟(死身)で生きる者を、武士=サムライと言うのである。

 

 メジャーへの挑戦

 

 実際の武士の場合は、1つ間違えれば切り殺されるのだから、武士道の言葉は、鮮烈に過激に傾く。それを現代の目で読むとき、たしかに示唆に富んでいる。たとえば、メジャーリーグに挑戦する投手の場合。

 

 あなたは、田中将大(ヤンキース)の最近の投球を見たことがありますか。

 

 たしかいいときはいい。スプリットが面白いように決まる。

 しかし、ちょっとしたきっかけで、ホームランをくらったり、連打でKOされるシーンも、目にする。

 

 この完璧に抑えているときと、打ち込まれるときが、瞬時に交代する感じは何なのだろう。あえていえば、要は「死身」になれているときと、いないときではないか。

 10月4日、大谷翔平の今季最終登板があった。いや、もしかしたら日本球界最後となるかもしれない登板だった。

 

 ご存知のように、「4番投手・大谷」で出場し、2安打完封。4打数1安打である。1安打は火の出るような当たりがセンター前へ飛んでいった。

 

 しかし、投手・大谷には2つの顔が見えたのである。

 まず、立ち上がりから4回までは「ものすごいピッチング」と言うほかなかった。ストレートは外角にビシビシ決まるし、スライダーはすさまじい切れと曲がりを見せる。三振するのが当然、というようなピッチング。

 

 ところが、8回9回は苦しむ。要するに、ストレートがストライクが入らなくなったのである。いわゆる「ひっかかった」ボールが右打者の外角に大きくはずれる。ストレートをあきらめた捕手・大野奨太は、スライダーのサインばかり出しているような状況におちいった。

 

 技術的に言えば(おそらくですよ)、前半戦は上半身と下半身の動きがうまく連動してしっくりきていた。しかし、後半は極端にいえば上半身と下半身が別々に動いていたのではないか。

 

 これでメジャーでも完封できていたとは、とても思えない。後半は、打たれ始めたときの田中将大に近かったかもしれない。

 

 もちろん、技術的に解決すべきことがあると思うが、むしろ、ここでは「境地」というものを考えたい。

『葉隠』は「常住死身」となったとき「武道に自由を得」と言っていた。このときの「自由」とは禅語で「何ものにもとらわれない理想の境地」(同書の注)だそうである。

 

 想像するに、ある種の無意識だろう。左足を上げ、右手がバックスイングに入り、左足を踏み込んで右腕をトップの位置から振り下ろす。この「一瞬一瞬」「一念一念」に雑念が入ったらダメなのだ。

 

 昔、柔道の古賀稔彦を取材したことがある。彼は「気がついたら(相手を)投げている」と言った。私は俗人なので「無念無想の一本背負い」とタイトルをつけた記憶があるが、この境地こそが「死身」なのではないか。要するに、時間がなくなる感覚。考えるという媒介をなくして、即、相手の体に入る、あるいは刀を抜く、右腕を振り抜く。

 

 大谷がメジャーに挑戦する以上、このような意味での「サムライ」でなくてはならないのだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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