柔道用語は世界中に普及している。日常生活においても、しばしば用いられる。それは「イッポン(一本)や「ワザアリ(技あり)」に限った話ではない。コーカサス山脈の南に位置するジョージアで「ケイコク」(警告)を告げられた時には腰も抜かさんばかりに驚いた。


 ジョージアは伝統的に柔道やレスリング、サンボなど格闘技が強い。ある意味、それ以上に強いのが「酒」である。格闘家は酒豪と相場が決まっている。


 80年代後半、まだソ連の構成国だったこの国を訪ねた。「祖国のためにカンパイ!」「家族ためにカンパイ!」。果ては「日本からやってきた友人のためにカンパイ!」。宴会には暗黙の掟がある。注がれたワインやウォッカは一気に飲み干さなければならない。これを延々と繰り返す。胃が悲鳴を発するのは時間の問題だ。


 そこでグラスに残った液体を、そっと床に滑らせた。「ケイコク!」。大声の主は柔道の元欧州王者だった。当時のルールでは、もう1回、反則を犯せば退場になる。翌日からの取材もままならない。一気に酔いがさめたものだ。


 この8月、ルール改正下で行なわれた初めての世界選手権(ブダペスト)で日本は新設された混合団体を含め8個の金メダルを獲得。3年後の東京五輪に向け、上々のスタートを切った。


 新ルールでは「有効」が廃止となり、「一本」の価値がこれまで以上に高くなった。組み合って「一本」を狙う柔道を追求する日本にとっては追い風だ。


 その一方で「技あり」の価値は急落した。これまでは「技あり」2回で「合わせ技一本」となっていたが、3回とろうが4回とろうが一本とは見なされなくなった。野球に例えるなら二塁打2本でも無得点なのだ。


 では「技あり」は、どんな状況下で効力を発揮するのか。一つは制限時間(4分)が終了した時。これの多い方に軍配が上がる。二つ目は延長に入った場合。「技あり」が決まった時点で決着がつく。つまり以前の「効果」扱いだ。


 個人的に「技あり」という言葉には親しみを覚える。この言葉の暗示的意味は「技巧の極み」。和風テイスト満載で、日常生活においても肯定的な意味で使われる。一本の成り損ないという解釈は少々、寂しい。痛い目に遭った「ケイコク」は廃止のままで結構だが、「ワザアリ」には復権を求めたい。

 

<この原稿は17年10月11日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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