「テイク・ア・ニー」。国歌斉唱時に片ヒザをつく行為が黒人選手を中心にNFL、MLBで続出している。


 元はと言えば昨年8月、NFLサンフランシスコ49ersのQBコリン・キャパニックが白人警官の人種差別的行為に抗議するために始めたもの。こうした抗議行動に激怒したのがトランプ大統領。「クビにしろ!」とのツイートが反感を買い抗議の輪が広がった。一方で大統領を支持する勢力もあり、米国社会に亀裂が生じようとしている。


 既視感がある。「両親が国歌も満足に歌えないチームが本当に代表チームと言えるのか」。かつて、こうまくしたてた政治家がいた。フランスの極右政党・国民戦線のルペン元党首である。現党首マリーヌの父親ジャンマリだ。


 標的にされたのはサッカーフランス代表。98年のフランスW杯を制した代表チームは「多民族社会の勝利」と称賛された。優勝の立役者ジダンの両親はアルジェリア移民。守りの要デサイーがガーナ系なら、主将のデシャンと快足サイドバックのリザラズはバスク人。テクニシャンのジョルカエフはカルムイク系とアルメニア系のハーフ。中盤のダイナモ、カランブーはニューカレドニア系。豊富な運動量を誇るテュラムはグアドループ系。点取り屋のトレゼゲはアルゼンチン系…。今で言う「フランス・ファースト」のルペンが苛立つのも無理はなかった。


 しかし、考えてみればフランス国歌は革命歌である。元々はオーストリア・プロイセン連合軍に対峙していたライン方面軍のために作られた歌だが、やがて「ラ・マルセイエーズ」と改められ、マルセイユ志願兵がパリ入城の際に口ずさんだと言われる。「武器を取れ! 市民らよ!」と。だが革命は凄惨を極め、<作詞・作曲者のほうは自分が創った歌の翼に乗って突進することを止めない革命の残忍さにはほとほと嫌気がさしていたのだ>(『検閲帝国ハプスブルク』菊池良生著)。そんな、いわば左翼由来の歌を極右のリーダーが移民の子孫たちに向かって「歌えないのか」と憤るのも妙な話だ。


 米国の「テイク・ア・ニー」については、以下の指摘が一番腑に落ちた。「対立軸があっという間に引かれ、世論は分断される。大統領はこれをよく承知しており、自分のいいように利用する」(BBCアンソニー・ザーチャー記者)。卓見である。

 

<この原稿は17年10月18日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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