榎本達也は12月にマレーシア・クアラルンプールで開催される「IBSAブラインドサッカーアジア選手権 2017」の日本代表選手に選出された。これまで合宿や遠征メンバーに選ばれたことはあったが、公式戦のメンバー選出は初めてである。

 

 そもそも、榎本にブラインドサッカー転向の話が舞い込んできたのは昨年末だった。Jリーガー引退を決断したのと同時期にブラインドサッカー日本代表監督の高田敏志からオファーを受けた。もっとも、この時は「新たにアカデミーコーチに就任することが決まっていた。同じタイミングで新しいことを2つもこなすのは難しい」と高田に断りを入れていた。

 

 だが、高田は諦めなかった。指揮官は「何度か合宿に参加してみて今後続けるかどうかを決めて構わない。だから1度参加してみてはどうか」と榎本に声をかけた。この言葉が榎本のチャレンジ精神をくすぐったのだろう。彼は2月のブラインドサッカー代表国内合宿参加を決めた。

 

 初めてブラインドサッカーに触れた榎本は「手応えはハッキリ言って無いけれど、楽しかった」という。榎本の言う楽しさには、困難や思い通りにいかないことも含められているのかもしれない。実際、ブラインドサッカーのことを語る彼の口から出てくるのは、反省の弁や課題が多い。向上心の表れだろう。

 

 普段はFC東京のアカデミーコーチを務めている。ブラインドサッカーに全ての時間を注げるわけではない。榎本は「トレーニングも空いている時間を使うしかない」という。それでも彼は4月に正式にブラインドサッカー日本代表強化選手に登録され、8月にはイングランド遠征に参加。そして先の公式戦メンバーに選ばれた。着実にステップアップしている。

 

 榎本にとって、遠征など代表メンバーと寝食を共にし、多くの時間を共有できる機会は貴重だ。ブラインドサッカー日本代表はイングランド遠征でのトレーニングマッチを4勝1敗1分で終えた。榎本は途中出場も含めて4試合に出場。少ないトレーニング時間で得たものを実戦でフルに発揮できたわけではなかった。榎本も「自分が見積もっていたものが甘かった」と振り返り、こう続けた。

 

「Jリーガー時代は日々のトレーニングで良かったもの、悪かったものを精査して次の日に改善して、週末の試合に臨む。その連続で自信が深まる。でも今はスケジュール的にそのサイクルが作れない。映像で見てイメージを頭の中で描きますが、実戦だとイメージとのギャップもあります。ブラインドサッカーの経験が少なくて葛藤や歯がゆさはありました。時間がない中で、意識を高く持ってどう改善していくかが大事だと改めて感じました」

 

 妥協を許さない彼らしいコメントだった。

 

 気づき、学び、成長し発信する

 

 自ら決断し、取り組み始めたブラインドサッカーという舞台。ここで榎本は「人間的に

すごく成長させてもらっている」という。今までの人生では得られなかった多くの気づきや学びがあるというのだ。

 

「ブラインドサッカーの選手とよく話をするのですが、例えば、盲目の方が歩いていたとする。僕らは手を貸して一緒に歩いて誘導してあげる。でも彼らは“もっと速く歩いても大丈夫ですよ”と思っていることもあるそうです。目が見えていないからゆっくり歩いてあげることが、かえって彼らのストレスになってしまっていたりすることもある」

 

 恥ずかしながら、そのことを榎本の話で私は初めて知った。仮に盲目の方の手助けをする際に「歩く速度はこのくらいで大丈夫ですか?」と、ひと声かけるだけで状況は随分変わるのではないか。

 

 現在、日本は東京オリンピック・パラリンピック2020に向けて士気が高まっている。建物のバリアフリー化も進んでいる。しかし、ハード面のバリアフリー化が進みさえすれば盲目の方が暮らしやすくなるわけではない。榎本は「本当に大事なのは意識の問題だと思うんです。僕は彼らと一緒にいてそれを学んだ」と言う。

 

「(宿舎で)食事に行く時に肩を貸して、“ここにドアがあるよ”とドアを叩く。“左のドアを開けたよ” “そこは階段だよ”と教えることもあります。1週間も同じところに居れば、彼らは“ここは階段だ”“ここはドアがある”とわかり、普通に生活できるんです。サポートが必要な部分はありますけど、彼らは自分たちでできることはやるんです。建物をバリアフリーにしたから良いとか、そういうことだけじゃない。お金をかけなくてもやれることはたくさんある。僕らの意識を変えるだけでも世の中はもっと変わると思います」

 

 気にかけてあげる――。これがいつか当たり前になり、普通の会話、普通のやり取り、普通のコミュニケーションの一環になれば共生社会はもっと進むのではないか。榎本はそう教えてくれた気がする。

 

 今後、榎本にしか発信できないことも多くなるだろう。チャレンジを恐れることなく進み続ける彼が歩いた後ろには、多くの人が笑顔になれる道ができているはずである。

 

(おわり)

 

<榎本達也(えのもと・たつや)プロフィール>

1979年3月16日、東京都練馬区生まれ、埼玉県蕨市育ち。1歳年上の兄の影響でサッカーを始める。浦和学院高校卒業後、1997年に横浜マリノス(当時)に加入。98年にはU-19日本代表としてAFCユース選手権で準優勝を経験した。2002年には正GKとしてリーグ完全優勝を果たす。2007年以降はヴィッセル神戸、徳島ヴォルティス、栃木SC、FC東京でプレーし、16年シーズンで現役を引退。今年からFC東京アカデミーコーチを務めるとともに、ブラインドサッカー日本代表強化選手に選出された。Jリーグ通算290試合出場。身長190センチ、体重82キロ。

 

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(文・写真/大木雄貴)

 


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