渋谷区では2020東京オリンピック・パラリンピックにおいて5つの競技(ハンドボール、卓球、パラバドミントン、ウィルチェアーラグビー、パラ卓球)が開催されます。渋谷区オリンピック・パラリンピック推進課(以下、オリ・パラ推進課)では3年後の「満員御礼」を目指して、今年7月から、各競技を間近で観戦して体験もできる「オリンピック・パラリンピックリアル観戦事業」を実施しています。

 

 10月28日、その4回目となるウィルチェアーラグビーの「リアル観戦」(渋谷区スポーツセンター)に行ってきました。

 

 リアル観戦とはあまり聞き慣れない言葉ですが、「まずは知ってもらって、見てもらって、体験してもらって、さらに興味を持ってもらうためのもの」(オリ・パラ推進課)で、試合だけでなくトッププレーヤーによるデモンストレーションや来場者による競技体験が行われます。

 

 今回は渋谷区長杯第1回渋谷区ウィルチェアーラグビー大会と銘打たれ、日本代表選手が在籍するBLITZ、RIZE、AXE、横濱義塾の4チームが参加しました。


 渋谷区オリ・パラ推進課の担当者は「リアル観戦は来場した方が"テレビでは知っていたけど実際に見ると迫力が違う"という感想や、"見るのとやるのとでは全然違う"と競技を実際に体験した"リアル"な感想をいただいています。7月のハンドボールから始まって、11月12日のパラ卓球で5競技のリアル観戦が一回りしますが、2020年の全競技満席のために、今後も継続してイベントを行っていきます」と、このイベントに手応えを感じているようでした。

 

 さて、この日の朝のことです。リアル観戦のために会場に向かっていると、お揃いのオレンジ色のTシャツを着た小学生たちをたくさん目にしました。「もしかして同じイベントに行くのかな?」と思っていたら、やはりそうでした。2階席に陣取ったのは渋谷区立長谷戸(ながやと)小学校の1年から6年までの134名。今回のリアル観戦会は、ある意味でこの小学生たちが主役でした。

 

 開会式が終わり、試合までの準備の時間、子供たちが2列に並んで体育館に入ってきました。何が始まるのかと見ていたら、コートの左右一杯に広がって、一斉に雑巾掛けを始めたのです。コートのモップ掛けは見たことがありますが、この光景には客席から大きな拍手が沸き起こりました。

 

 さらに試合が始まってからも、この子供たちに驚かされました。一斉に出場チームの一つ「横浜義塾」の応援を始めたのです。

 

 スタンドでは6年生男子の応援団長が中心となって、「横浜」や「①②」と書かれたボードを掲げています。それに合わせて一斉に「行け行け横浜、押せ押せ横浜~」と声を出して、振りもバッチリと揃っていました。なんともかわいくて、そして頼もしい応援団によって、会場は大いに盛り上がりました。

 

 実はこの渋谷区立長谷戸小学校は、東京都教育委員会にパラリンピック競技応援校として、指定されています。「東京2020大会の開催に向けて、小・中学校における障害者スポーツへの一層の理解促進と普及・啓発を図るため、パラリンピック競技の観戦・体験及びボランティア等を行うパラリンピック競技応援校を10校指定」というもの。ウィルチェアーラグビーの応援校はこの長谷戸小1校だけです。

 

 長谷戸小の児童たちは、プロ野球選手が打席に向かうときの音楽などを参考にしながらアイディアを考え、できあがった応援歌は池崎大輔選手(リオパラリンピック銅メダル、この日の解説者)に学校に来てもらって、さらにアドバイスを受けて、子供たち全員が「もっと盛り上がるように、もっと選手に届くように」と改良を加えました。その成果が、この日の会場の大きな盛り上がりでした。

 

 試合と試合のインターバルには、また子供たちが雑巾を持って出てきて、床についたタイヤ痕を拭き取っていました。この雑巾掛けは応援以外に「ボランティアをしたい」という意見が子供たちから出て、「じゃあ、コートの掃除をやってもらおうかな」という主催者の提案で実現したものです。

 

 スタンドで応援する子供たちは本当に楽しそうで、少々、応援にばかり熱中しすぎて試合はそっちのけ? なんてことも思いましたが、それはそれでいいじゃないか、と私は感じました。

 

 開会セレモニーで長谷部健・渋谷区長が「応援の文化をつくっていこう」と呼びかけていましたが、まさにそれを子供たちが実現してみせてくれました。思い切り応援することが楽しいこと、雑巾掛けのようにボランティアでの応援もあること。そして応援を通じて会場にいるたくさんの人と気持ちを通じたり、言葉を交わしたりということができる。それを実感したことでしょう。2020年を契機に、これからつくり上げ、そして遺していくレガシーの一つをはっきりと見ることができた1日でした。

 

伊藤数子(いとう・かずこ)プロフィール>

新潟県出身。パラスポーツサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。スポーツ庁スポーツ審議会委員。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問。STANDでは国や地域、年齢、性別、障がい、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するための「ユニバーサルコミュニケーション事業」を行なっている。その一環としてパラスポーツ事業を展開。2010年3月よりパラスポーツサイト「挑戦者たち」を開設。また、全国各地でパラスポーツ体験会を開催。2015年には「ボランティアアカデミー」を開講した。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。

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