「キャッチャーは潰しがきかないポジション」。かつて、そんな話をよく耳にした。外野なら3つ、内野なら4つポジションがあるがキャッチャーはひとつしかない。コンバートは容易ではなく、本業で失敗したらもう後がない、という意味だ。先の言葉に切実な響きがこもるのは、そのためだ。


 だが、ちょっと待って欲しい。近年のトレンドとしてキャッチャーからの転向組の成功が目につく。思いつくだけでも2人の名球会選手がいる。ひとりは“ガッツ”こと小笠原道大、もうひとりは“ベンちゃん”こと和田一浩だ。


 まずガッツだ。NTT関東時代のポジションはキャッチャー。96年オフに日本ハムから指名を受け、入団した。キャッチャーとしては97年に38試合、98年に20試合、99年に1試合マスクを被っている。通算での盗塁阻止率は1割7分7厘。お世辞にも好捕手とは言えない。


 強いていえば、取りえは根性くらいのもの。2年目の6月、左手の人差し指を骨折しながら試合に出た。「どうせアウトになるんだったら、思いっ切り3回振ってやれ!」。フラフラッと上がった打球がサード後方にポトリと落ちた。それが小笠原のフルスイング人生の始まりである。


 ベンちゃんは東北福祉大、神戸製鋼を経てガッツと同じ年に西武に入団した。ドラフトは4位。不動のキャッチャー伊東勤の後釜にと球団は考えていた。だがキャッチャーとしての評価はいまひとつ。断を下したのが02年に監督に就任した伊原春樹。「もうキャッチャーミットはいらないからな」。小笠原と違って和田には、このポジションに愛着があった。「野球を始めてから、ずっとキャッチャー一筋でしたから…」


 しかし、人生何が幸いするかわからない。愛用のキャッチャーミットを捨て「打撃に生きる」覚悟を決めたことがベンちゃんの第2の野球人生の幕開けとなったのである。


 自身もキャッチャーから外野に転向してレギュラーの座を掴んだ金森栄治によると「キャッチャーは他のポジションとは鍛え方が違う」というのだ。「潰しが効かない」というのは迷信ではないか、とも。


 巨人は今ドラフトで育成も含めて4人のキャッチャーを指名した。強打を売り物にしている選手もいる。“扇の要”を目指すのは当然だが、端にも仕事場はある。扇子では外の太い骨を親骨と呼び、要とともに主要なパーツと言われている。

 

<この原稿は17年11月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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