「いやあ、何というか。残念でしたねえ」
「さぞかし、気を落としておられることでしょう」
「大丈夫ですか?」

 

 このところ、会う人ごとに、ずいぶんと気を遣わせてしまっている。広島カープがCSファイナルステージに敗退して、日本シリーズに出られなかったことについてである。

 

「まぁ、仕方ないですよ。そういうルールになっているんだから」
「でも、今のCSの制度には問題がありますよね」

 

 多くの方が、今年のペナントレースから考えれば、福岡ソフトバンクと広島で日本シリーズをやるのが妥当だったと感じているらしい(それはお前の知人だけだろうと言われればそうかもしれないが)。もちろん横浜DeNAと、アレックス・ラミレス監督の果敢な采配には、大いに敬意を表することにやぶさかではない。

 

 ソフトバンクが3連勝した時点で、やはりDeNAでは役者不足だよ、という意見も聞かれたが、そんなことはない。仮にDeNAが3連敗のあと4連勝しても、全然驚かない。たとえ、ソフトバンクのほうが総合力が上であったにしても、だ。なぜなら、短期決戦とは、そういうものだから。

 

 だからこそ、どのチームが日本シリーズに出場するかというのは、いわば日本シリーズの尊厳にかかわる重大な問題なのである。本来、セ・パ両リーグの優勝チームが当たるべきなのだから。

問題は制度にある。

 

 究極の判断

 

 今年と同様のことは、たとえば2014年にもあった。優勝した巨人が、2位阪神に4連敗してCS敗退してしまったのである。

 

 このときの首位巨人と2位阪神のゲーム差は7。今年の広島と2位阪神のゲーム差は10、3位DeNAとはなんと14.5ゲーム差である。

 

 このことから、優勝チームのアドバンテージをゲーム差によって変えるべきだという議論がある。

 

 たとえば、10ゲーム以上開いたらアドバンテージを2勝にする。あるいは、15ゲーム以上開いたら3勝与える。現行システムの改善案としては、妥当な線かもしれない。

 

 少なくとも負け越したチームは、たとえ3位以内でもCSに出場できない、というのはルールに入れてほしいですね。

 

 ともあれ、日本シリーズである。

 

 まずは、なんといっても第2戦、7回裏2死満塁。中村晃のタイムリーで本塁突入したソフトバンクの二塁走者、今宮健太のヘッドスライディングではないか。これで4-3と逆転し、デニス・サファテで逃げ切って、2連勝とした。シリーズの行方を左右すると言ってもいいプレーだった。リプレー検証が長くかかったから、何度も見たが、たしかに左手の指が捕手・戸柱恭孝のミットの下に入り込んでベースにタッチしているように見える。

 

 このプレー、「三塁を蹴ってヤバイなと思ったので、足でいかなくて、(タッチされにくい)頭で行こうと切り替えた」(『日刊スポーツ』10月30日付)のだそうだ。シリーズの行方全体が今宮の指にかかったような、究極の判断だった。

 

 ついでに言えば今宮は、8回裏の守備では、ホセ・ロペスの完全な三遊間のヒットを、追いついて大遠投で刺している。まるで、メジャーの一級品の肩である。今宮と菊池涼介(広島)が二遊間を組んだら、面白いだろうなあ。

 

 リリーフで好結果


 ところで、メジャーに目を向けると、前田健太がすごいことになっていたのをご存知だろうか。

 

 彼は、レギュラーシーズンが終わり、プレーオフに入るにあたって、先発から中継ぎに配置転換された。デーブ・ロバーツ監督は「ケンタはリリーフで、主に右打者に投げてもらう」とコメントした。カッチーンとくるではないか。左打者でも抑えられるボールはあるよ。

 

 前田にも先発へのこだわりはあるにちがいない。ただし、彼は切り替えたのである。リリーフ登板で、7試合連続無失点と結果を出し続けたのだ。

 

 その一端を紹介する。

 

 アストロズとドジャースのワールドシリーズ第3戦。ダルビッシュ有が1回3分の2でKOされ、急遽2回からのリリーフ登板である。

 

 4回裏2死一塁で、アストロズの主砲、MVPの呼び声高い3番・ホセ・アルトゥーベ(右打者)を迎える。

 

(1)外角低め スライダー ストンと沈む ボール。

(2)外角低め スライダー ストンと沈む ストライク。

(3)外角ボールゾーンからストライクゾーンにくいこむツーシーム ショートゴロ。

 

 スライダーの切れはあいかわらずだが、打ちとった3球目に注目したい。やっぱりメジャーではツーシームが必要なのですね。実は、結構甘く中寄りにくいこんでいる。しかし、その球威がすごい。普通ならホームランになりそうなコースだが、力で抑えきった。

 

 実は、第5戦でエースのクレイトン・カーショーをリリーフした前田は、同じアルトゥーベに同点スリーランを食らった。

 

 しかし、第6戦では2-1と1点リードの7回表無死一塁のピンチで登場し、1回を抑えきって勝利に貢献。スリーアウト目は、一、三塁に走者をおくピンチで、同じアルトゥーベを内野ゴロに仕留めている。きっちりやり返した精神力がすばらしい。現地のファンからは「キング・ケンタを讃えよ!」という声まで出たという(「ジ・アンサー」11月1日配信)。

 

 私は広島時代の前田が好きだった。まだ、毎年Bクラスに沈んでいた低迷期である。彼は「CSに行く」とまず大言壮語してから、実現してみせた。「有言実行の男」であった。

 

 しかし「カープを優勝に導く」という目標は実現できなかった。

 

 黒田との違い

 

 それを実現したのは、ご承知の通り黒田博樹である。

 黒田と前田の違いとは何だろうか。

 

 黒田は若手投手に対して、投球の考え方から説いていったという。

 

 初球からストライクゾーンの四隅を狙う必要はない。オレだって、そんなことできないよ。初球は二分割でいいんだ。高めか低め、あるいは内か外。次に2球目は4分割で考える……。たとえばこの考え方は、若手投手に絶大な影響を与えたという。

 

 前田は黒田ほどの大ベテランではない。想像するに、彼は自分が投げる姿でチームメートを鼓舞するしかなかったのではないか。彼にとっては、自分が成し遂げて見せることが、エースの役目だったのである。一方の黒田には、言葉で「伝える」という方法もあった。態度でも言葉でも伝える使命感。それが優勝に結びついた。

 

 どっちがいいとか悪いとかではない。

 

 黒田は三つの時代(広島時代、メジャー時代、広島復帰時代)で成功者となった。彼の野球選手としての人生は、すでに完結している。

 

 その点、前田は、まだ成功への途上である。リリーフへの配置転換という苦境を受け容れることで、広島時代に次ぐ、二つ目の成功への手がかりをようやくつかみかけたところだ。

 

 日本では、CS、日本シリーズを通して、ラミレス監督の采配に注目が集まった。これはいいことである。ペナントレースとはまるきり発想を変える柔軟さ、勝負への渇望が彼にはあった。それを表現できたのは、短期決戦のおかげである。

 

 前田の成功もまた、短期決戦がもたらした。ストレートの平均球速がレギュラーシーズンでは148キロ程度だったのに、ポストシーズンでは152キロくらいまで上がったという。

 

 あるいは、今宮のヘッドスライディングにしてもそうだ。日本シリーズという舞台が生み出したもの、という側面は間違いなくある。

 

 だからこそ、日本シリーズ、ワールドシリーズは重要である。願わくば、この国においても、その尊厳に見合う制度であってほしい。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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