(写真:3階級制覇、世界戦14勝と記録を残してきた井岡)

 ついこの間まで、あんなに暑かったのに11月に入って一気に肌寒くなった。2017年も残り僅か。いよいよ格闘技シーズンの到来だ。そろそろ大晦日のプロボクシング世界戦のカードが正式発表される。そんな風に思っていいたら昨日(11月9日)、驚きのニュースが飛び込んできた。

 

「井岡一翔(井岡)がWBA世界フライ級王座を返上!」

 

 クラスを上げて4階級制覇を狙うというのではない。大晦日までに闘う準備が整えられないというのが理由である。

 

 井岡は、2011年から昨年まで6年連続して大晦日のリングに上がってきた。14年のジャン・ピエロ・ペレス(ベネズエラ)戦を除けば、他はすべて世界タイトルマッチである。今年もトップランカーのアルテム・ダラキアン(ウクライナ)を相手にWBA世界フライ級王座6度目の防衛戦を行う予定だった。ところが試合はなくなり、恒例となっていた大阪での大晦日ボクシング興行もキャンセルとなってしまった。

 

 9日の発表は、父でありジムの会長でもある井岡一法氏からなされた。

 

「結婚し東京に拠点を移して以降(大阪の井岡)ジムにはコンスタントには来ていない。週3、4回は走っていると本人は言うが、スパーリングもやっていない状態。大晦日までに準備が間に合わないし、相手(ダラキアン)をいつまでも待たせるわけにもいかないのでベルトはいったん返上です」

 

 摩耗した心

 

 本人不在の会見だったので、詳しくはわからない。ただ、怪我ではなく、モチベーションが上がらず練習できていないということは確かなようだ。

 

 また、一法会長は、こうも話した。

「(一翔に)もう一度スイッチが入れば再スタートする。でもモチベーションがないのであれば、ちゃんと引退会見をやるしかない。二つに一つ」

 

 井岡に何が起こったのか?

 

 今年4月23日には、ノクノイ・シットプラサート(タイ)を破り、現在保持するWBA世界フライ級王座V5に成功。これで具志堅用高が持つ日本人記録、世界戦14勝に並んだ。次戦で勝利すればレコード樹立であり、その先には4階級制覇を見据えることもできる。モチベーションは維持しやすいはず。

 

 スポーツ紙等では、5月に結婚をしたことで環境が変わったことが影響しているのではと記されていたが、それが大きな原因ではないだろう。

 

 まだ28歳と年齢的には若く、肉体的には闘える。それでも心を摩耗させてしまったのではないか。

 

 11年2月、オーレイドン・シスサマーチャイ(タイ)を5ラウンドTKOで破り、WBC世界ミニマム級王座を獲得して以来、15度世界戦を闘ってきた井岡は、常に注目を集めてきた。その間に「ローマン・ゴンサレスから逃げた」「強い相手を避けている」と批判されたこともある。そしていま、ファンからは、WBCフライ級王者・比嘉大吾(白井・具志堅)との統一戦を求められている。相当なプレッシャーの中で井岡は心を摩耗させていたように思う。

 

 井岡本人が口を開くのを待ちたいが、おそらく現役引退はしない。もし引退を発表したとしても、もう一度リングに戻ってくるだろう。しかし、気持ちを一度切らしてしまったボクサーが簡単には、闘う心をつくれない。かつての輝きを取り戻すのは難しそうだ。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)。

連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)


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