日本的な表現を用いれば「刀折れ、矢尽きた」ということだろう。

 

 

 8ラウンドのゴングが鳴る直前だった。チャンピオンのアッサン・エンダム(フランス)は立ち上がるや、やにわにグローブの紐をほどき始めた。

 

 それを見たレフェリーが大きく両手をクロスさせ、唐突に試合は終わった。

 

 7ラウンド終了TKO勝ち。5カ月ぶりの再戦で、ついに村田諒太がWBA世界ミドル級のチャンピオンベルトを腰に巻いた。

 

 感極まった村田はリング上で涙を浮かべた。そして、こう語った。

「(ロンドン五輪で)金メダルを獲ってきたことも過ぎてしまえば大したことがなくて、その後が大変でした。このベルトも獲ってからが大変だと思っています」

 

 試合を振り返ろう。

 

 予想どおり、序盤から村田は前に出た。挑戦者らしく、積極的に前進し、接近戦で重いボディーブローを叩き込んだ。エンダムも打ち返すがパワーに欠ける。クリーンヒットを許さない村田のガードの固さも光った。

 

 4ラウンドに入って村田は明らかにギアを一段上げた。エンダムは接近戦を嫌って距離を取るようになった。腹が効いている何よりの証しだろう。

 

 5ラウンド、6ラウンドも村田がとった。足が止まったエンダムは、もはやただの標的に過ぎない。右ストレート、左ボディーブローがおもしろいように当たった。エンダムは半身に構えて反撃を試みるが、突破口を開けない。

 

 そして迎えた7ラウンド、村田は逃げ回るエンダムを冷静に追った。接近戦で右フックを叩き込み、中間距離で左ジャブ、右ストレートを突き刺した。エンダムは腰が定まらない。溜め込んだダメージは隠しようもなかった。

 

 終わってみれば村田の完勝。日本人五輪金メダリストとして史上初めての世界王者となった。なお世界ミドル級王者は、日本人では竹原慎二(WBA)に次いで2人目だった。

 

 5カ月前は判定に泣いた。エンダムとの王座決定戦。4ラウンドにダウンを奪うなど押し気味に試合を進めた村田だったが、3人のうち2人のジャッジがフランス人を支持し、手にしかけていたベルトはスルリと滑り落ちた。

 

 恨み節のひとつも口にしたかったに違いない。不公平な判定であることは誰の目にも明らかだ。しかし村田は、骨の髄からスポーツマンだった。

 

「試合内容は第三者が判断すること。僕自身、勝ったとか負けたとか言いたくない。ジャッジはダメージングブローじゃなく、ジャブを(ポイントに)取ったということ。納得せざるをえない」

 

 負けた後、村田は何度も映像を見返し、「チャンスがありながら、なぜ攻めなかったのか」と自問自答したという。それが実ったのである。

 

 だが世界王座奪取が村田のゴールではない。「僕より強いミドル級王者がいることも皆知っている」。伝統も権威もあるクラスで31歳は次のステージを見据えている。

 

<この原稿は『サンデー毎日』2017年11月12日に掲載されたものです>

 


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