いつの放映だったかも正式な番組タイトルも忘れてしまったが、NHKに「テレビスポーツ教室」という番組があるでしょう。あれで、ある日「ホームランを打とう」というのをやっていた。
 
 出演したのは小久保裕紀氏。まだ、日本代表監督になる前か、就任して間もないか、そんな時期だったと記憶する。

 

 小久保氏は子どもたちに、ひたすらどうすればホームランが打てるかを語るのである。野球教室で「ホームランの打ち方」にテーマをしぼるというのは、珍しいのではあるまいか。

 

 鮮明に記憶していることがある。こうやって打つんだ、とお手本のスイングを実演してみせるのだが、それがかなりのアッパースイングに見えたのだ。そうか。高く、遠くへ飛ばそうと思えば、やはり下から上へ振り上げなくてはならないんだな、と妙に感心したものだ。
 
 下から上へしばき上げるなんて、どこかオールドファッションの香りがして、小久保サン、なかなかいけてるのですよ。

 

 そういえば、今年の広島カープのドラフト1位・中村奨成は広陵高に入学した当初、ひどいアッパースイングだったそうだ。

 

「ほれみろ。オレはあそこまで飛ばしたぞ」と悦に入っている中村少年が目に浮かぶようだ。きっと右打ちとか進塁打とか、頭になかっただろう。お山の大将の打法だったにちがいない(あくまでも、私の勝手な妄想だが)。でも、そう思うとうれしくなる。

 

 人間の本来持っている欲望が、そのまま浮き出てくるようなプレーというのは、いいものだ。

 

 日本シリーズもワールドシリーズも、今季はどちらも面白かった。日本シリーズは一言でいえば、あと一息で福岡ソフトバンクまでも飲みこむ寸前だった横浜DeNAの勢いを、デニス・サファテの剛腕がかろうじて止めた、ということですね。

 

 横の投手、タテの投手

 

 ワールドシリーズは、ヒューストン・アストロズが4勝3敗でロサンゼルス・ドジャースを下した。前田健太の奮闘はたしかに印象的だったが、もう一人、注目したい投手がいた。

 

 ジャスティン・バーランダー(アストロズ)である。

 

 5年前だったら、メジャー最高の投手といってもよかったかもしれない。160キロのストレートで攻めまくり、2011年にはサイ・ヤング賞にも輝いた。

 

 しかし近年は、失礼ながらその豪球にも少々陰りが見えるのかな、と思っていた。タイガースの大エースに君臨してきたが、一度はワールドシリーズに勝ちたいと、今季アストロズに移籍したんだそうな。

 

 ところで、現在のメジャーNo.1投手は誰かというと、諸説あるだろうが、マックス・シャーザーが代表格だろう。2016、2017年と2年連続のサイ・ヤング賞投手である。

 

 シャーザーは現代の投手像を象徴している。スリークォーターよりもややサイド気味にヒジを下げた腕の振りから160キロの速球を投げ、スライダー、チェンジアップが鋭い。上体の力が強そうな投げ方だ。

 

 バーランダーは、その対極にある。なにしろ、あくまで上から下へ腕を振る。シャーザーは横の投手、バーランダーはタテの投手といってもよい。

 

 やや球速が落ちてきて、愚直なまでのタテの投球は通用するのだろうか――ちょっと懐疑的にバーランダーを見ていたのである。

 

 古典的な「まっすぐ」

 

 ところがどっこい。彼は、あいかわらず、きわめて魅力的な投手であり続けていた。

 

 1打席だけ紹介しておこう。ワールドシリーズ第6戦。2回裏、ドジャースは4番コディ・ベリンジャーの場面(ベリンジャーは左打者)。

(1)内角低め ツーシーム 見逃しストライク 152キロ
(2)カーブ(大きくタテに割れる) ファウル
(3)外角高め ストレート ファウル 154キロ
(4)内角高め ストレート ボール 156キロ
(5)カーブ(あるいは、曲がりの大きいスライダーか)ボール カウント2-2
(6)内角高め ストレート 空振り三振 157キロ

 

 渾身の速球も157キロ止まり(ということはないか)で、160キロには届かない。しかし、そんなことはどうでもいい。ここで注目したいのは、3球目、4球目、6球目のストレートである。いずれも、フォーシームなのだ。4シームと書いたほうがわかりやすいか。

 

 昨今、全盛を誇るツーシームではない。縫い目に中指と人差し指を直角にかける、古典的な「まっすぐ」なのである。

 

 それを、明らかに意識的に高めに投げている。

 

 いわゆる「きれいなストレート」の「伸び」によって空振り、あるいはファウル、ないしフライアウトを狙っているのである。
 そして、ツーシームは低めへ(初球)。

 

 変化球は、タテに割れるカーブで勝負。

 

 もちろん、スライダーもチェンジアップも投げるのだが、2球目から6球目だけに限ってみれば「まっすぐ」と「カーブ」の投手に見える。しかも、真上から投げ下ろす。

 

 原初の思考

 

 オールドファッションだなあ。古典だなあ。保守主義だなあ……。まぁ、なんと言ってもいいけれど。

 

 ダルビッシュ有だって、こんな投球はしない。手術後は、手術前よりも若干ヒジが下がったように見えるし、真上から真下へという腕の振りではない。だからこそ、メジャーでも一、二を争うキレといわれるスライダーの激しい変化が実現する。つまり、ダルビッシュの方が現代的なのだ。

 

 ただ、冒頭に触れた小久保さんのスイングが、どこか人間が本来持っている欲望を映し出しているように見えたのと同じことが、バーランダーの「タテ」にも言えるような気がするのだ。はじめてピッチャーをやる子は、上から下へ、4シームを思いっきり投げて三振をとろうとするものでしょう。どの投手にとっても、人生の初球とはそういうものだ(ダルビッシュの場合は、仮に、人生の初球がカーブであったとしても驚かないが。これは、思想の問題なので)。

 

 先日、NHK杯将棋トーナメントをぼんやり観戦していたら、解説の丸山忠久九段が、対局者の若手、増田康宏四段の指し手を見るなり、「こういうところが現代的なんです。繊細に指す。直接ズバッとは行かないんですね」という主旨のことをおっしゃっていた。つまり、相手(この日は郷田真隆九段)の本丸を直接脅かす手が見えているのに、そのまえに、その準備として細部の調整に一手間かけるのだ。若手の傾向であるらしい。

 

 将棋と野球は違うけれども、現代的であるとは、細部にまで繊細な思考をこらすことでもある。

 

 これに対するのを、仮に「原初の思考」と呼んでみよう。ホームランを打ちたいとか「まっすぐ」を投げこもうとする、上から下、下から上への腕の振りは、人間が最初から持っていたであろう本来的な欲望を垣間見させてくれる。それゆえに、現代野球においても十分に魅力的なのだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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