テスト入団の森保にとってラッキーだったのは、当時マツダのコーチを務めていたハンス・オフトから直々に指導を受けたことだった。チーム・ディシプリン、アイ・コンタクト、トライアングル……。近代サッカーの基本戦術をすべて叩き込まれた森保は急成長を遂げていく。雑草ゆえに、真摯な姿勢でオフトの教えを吸収することができた。

 

<この原稿は1993年6月号『DENiM』(小学館)に掲載されたものです>

 

 日本代表チームでは、戦略上の要衝である“中盤の底”に陣取り、素早く相手のチャンスの芽を摘み取るとともに、攻撃の起点として、精度の高いパスを攻撃陣に供給し続ける。オフト監督いわく――「森保はダーティ・ワークのできる選手だ」

 

「ええ、オフト監督からははっきりといわれてますよ。“キミの仕事はダーティ・ワーク、すなわち汚れ役だ”ってね(笑い)。ときどき、ボールを追いかけたくなることがあるんですが、そのときは“試合にのめり込むな!”と自分にいい聞かせるんです。相手のパスを制限することによって、後ろの選手が守りやすいようにするのが、組織的なディフェンスの基本ですからね。

 

 僕の場合、そんなに身体能力は高くないんです。走力にしろジャンプ力にしろ、普通以下じゃないですか。技術ひとつとってみても、他人よりすぐれているところはほとんどない。なにしろ、サッカースクールに行くとミスして子供たちに笑われるくらいですから(笑い)。ドリブルだって下手ですよ。

 

 だからこそ、事前に頭を使って、試合の流れを読まないといけない。相手に技術を見せびらかすよりも、味方がプレーしやすいように速く、しかも正確なパスを出すことのほうが大切なんです。シンキング・スピードっていうんですが、これが遅くなると、僕のいる場所はなくなってしまう。

 

 それを痛いほど教えられたのが、先のイタリア遠征です。ダイナスティカップ、アジアカップで連続して優勝。口では“そんなことで喜んではいられない。あくまでも目標はワールドカップ出場ですから”なんていっていたんですが、世界の超一流と戦ってみて、目を覚まされたって感じですね。それは他の選手たちも同じだったんじゃないですか。知らず知らずのうちに、鼻が高くなっていた。

 

  ユベントスのメラー(ドイツ代表)なんて凄かったですよ。プレーのテンポが速く、いきなり消えたり現れたりする。ボールが来る前から、次はこういうプレーをしようと考えているんでしょうね。悔しいけど僕は彼らのプレーについていけなかった。“世界の壁”の厚さを痛感しました。

 

 だからといって、立ち止まっているわけにはいかない。かなわないと思ってあきらめてしまったら、そこで進歩も止まってしまいますからね。僕の場合、代表入りしてすぐのころは、自分のことだけで精一杯だったんですが、最近は自らが声を出して、周りの選手を動かせるようになってきた。周りの選手をうまく使いこなさないと、守りも攻めも中途半端で終わってしまいますからね。

 

 ディフェンシブ・ハーフというポジションは、チームの歯車が狂い始めると、その負担がもろにかかってくるんです。チームのバランスが崩れて、動き出しの一歩が遅れると、何もできない。そしてただ相手の後を追っていくだけで、疲労だけが残ってしまう。イタリア遠征では、それを感じました。でも、上を目指すには、それを糧にするしかない。反省だけなら、誰でもできますから(笑い)」

 

 日本代表がワールドカップ初出場を賭ける今年、5月には国内初のプロサッカーリーグであるJリーグも開幕する。日本のサッカー人口が、野球人口を超えたといわれて久しいが、人気の面でもプロ野球を凌駕するためには、実力はもちろん、個性的なプレーヤーの出現が望まれる。

 

「将来、プロを目指す人には“指導者のいうままになっていたんではダメだよ”とまずいっておきたい。サッカーは自分で考え、自分で創造するスポーツ。ただいわれたとおりにやっていると、いつの間にかイマジネーションがなくなっちゃうんですよね。

 

 それに、練習はひとりでもできるんですよ。一番簡単にできるのは、テレビやビデオを見て、一番気に入った選手のプレーをマネすること。自分がその選手になりきってしまうんです。

 

 もちろん、最初は同じようにはできませんよ。ところが、何十回も何百回も続けているうちに、突然できるようになってくる。“あの選手は特別だから、いくらマネしたって無理”なんていう周囲の声に惑わされないこと。

 

 もう一言、付け加えるなら、サッカーについてどれだけ研究熱心であるかということ。たとえば、試合前、自分のマークする選手や警戒する選手の利き足を聞いておけば、あらかじめシュートやパスのコースを制限することができる。利き足をケアして、反対の足を使わせるようにすれば、相手がミスしてくれる確率も自ずと高くなってくる。とにかく、自分で研究することです」

 

 イタリアなど世界で特に評価を受けるのはなぜなのか本人に尋ねてみると、「プレッシャーが強いから、早く、簡単にやろうと思っただけです。それに周りの選手も僕によく協力してくれる」という謙虚な答えが返ってきた。そして、いままで取材を受けることなどなかったが、代表に選ばれて周りが変わったと語る。アンチ・エリートの彼は、チャンスは自らの力で切り拓いていくものだということを、我々に教えてくれた。

 

(おわり)


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