「あまり良いストーリーではないんですが……」

 渡邊和也は陸上を始めたきっかけを申し訳なさそうに語り出した。小学生時はテレビゲームが好きなサッカー少年だった。ボールを蹴るのは好きだったが、「いろいろなことを気にしてしまってあまり楽しめなかった」と卒業する頃には中学でもサッカーを続ける気にはなれなかった。

 

 “飛び級”でのトレーニング

 

 陸上かバスケットボール。渡邊は兵庫県の西宮市立深津中学に通うこととなり、部活動はこの2択だった。陸上に関しては小学生の頃から足には自信があった。学校のマラソン大会で優勝したこともあったからだ。

 

 一方のバスケに興味を持っていたものの、1つ障害があった。2歳上の兄が所属していたからだ。「やりたかったのですが、兄弟で比べられるのが好きじゃなくて……」。“消去法”で残ったのが陸上部とも言えた。とはいえ、その選択以降は陸上一筋になるのだから人生は分からないものである。

 

 入部当時、深津中は渡邊と同学年の陸上部員が女子しかおらず、男子は先輩だけだった。それでも「あまり上下関係もなく仲は良かったです」と、和気あいあいと楽しんだ。いろいろな種目を試したが「しっくりきたのが1500mと3000m」だった。団体競技では“ミスしたらどうしよう”などと周囲を気にして楽しめなくなっていたが、個人競技は彼の肌に合った。

 

 そんな渡邊に転機が訪れる。中学2年時、顧問が代わったのだ。新しい顧問は報徳学園と縁があり、練習に参加することとなった。報徳学園は全国高校駅伝で6度の優勝を誇る陸上の強豪。“飛び級”でのトレーニングは深津中から彼1人だけだった。普段から高校生と汗を流し、渡邊は着々と力を付けていった。中学では3年時に全国大会にも出場した。

 

 高校は当然、報徳学園に進んだ。

「中学の顧問に勧められたこともありますが、自分としても裏切れないなという気持ちはありました」

 

 負けず嫌いが生きた走り

 

 報徳学園の平山征志監督は渡邊の印象をこう振り返る。

「中学生の頃から高校生と一緒にやっていましたし、スピードもスタミナもあったと思います。あとは負けん気が強かったですね」

 負けず嫌いは父親の光治も認めるところ。「小さい頃から何でも1位になりたがる子でした。テレビゲームでもトップになりたがりましたから」と語る。

 

 兵庫県高校ジュニア対校選手権、1500m決勝前に1年の渡邊は当時コーチだった平山監督に「とにかく思い切っていっていいですか?」と聞いた。ゴーサインが出ると、積極的な走りを見せた。平山監督によれば、学生からレースプランを提案されることは珍しいという。強気な渡邊は3分59秒67で優勝。12年ぶりに大会記録を塗り替えた。

 

 都大路には2度走った。兵庫県内には8度の優勝を誇る名門・西脇工業がおり、県大会からしのぎを削り合った。「いつも比較されましたし、“西脇には負けたくない”という思いはありました」。渡邊は全国高校駅伝、いずれも2番目に長い3区(8.1075km)を任された。

 

 持ち味の負けん気の強さは前を追うレース展開でも生かされた。2年時は2人抜きでチームの4位入賞に貢献。3年時には8人もごぼう抜きし、5位入賞に導いた。3年時にはエース区間の2区(10km)を直訴したが叶わなかった。「(1区を走れなかった)悔しい思いはかなりありました」。その気持ちをバネにした区間2位の快走だった。

 

 全国高校総合体育大会(インターハイ)には2、3年時に出場した。だが目立った成績を残せなかった。平山監督は「彼の1500mには魅力を感じていたが、僕の指導ではインターハイに入賞させることはできなかった」と悔やむ。高いポテンシャルはそれを発揮しきれない部分があった。

 

 卒業後の進路は指導者になりたい夢があったため、大学進学も考えた。選択肢の中には“より速くなりたい”“より強くなりたい”との想いが先行した。「そのためには実業団へ進むのが近道だと思いました」と決断する。18歳の渡邊は実業団チームに対する知識がなかった。そこで平山監督を通じて山陽特殊製鋼を紹介してもらい、兵庫県内の実業団で走りを磨いていくのだった。

 

(第3回につづく)

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渡邊和也(わたなべ・かずや)プロフィール>

1987年7月7日、兵庫県生まれ。中学1年で陸上を始める。報徳学園高を卒業後、2006年に山陽特殊製鋼に入社。10年に四国電力、13年に日清食品グループへ移籍した。08年5月に1500mで日本歴代2位の3分38秒11をマーク。11年6月には5000mで日本選手権初優勝を果たす。同年の世界選手権に出場。今年4月より東京国際大学に入学した。身長172cm、体重54kg。

 

(文・写真/杉浦泰介)

 


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