約半年後に迫ったサッカーW杯ロシア大会。昨年の暮れには組み合わせ抽選会が行われ、試合会場も決定済みだ。試合会場の気候条件に順応できるかどうかも勝負を左右する要因となる。前回の2014年ブラジル大会前、日本代表にアドバイスを送った人物がいる。“知将”で知られるネルシーニョだ。J4クラブで指揮を執った彼は日本が欧州や南米の強豪と互角に戦うため、準備の大切さを説いていた。日本にとって6度目となるW杯を控える今、知将の提言を4年前の原稿で振り返ろう。

 

 <この原稿は2014年6月5日号『ビッグコミックオリジナル』(小学館)に掲載されたものです>

 

 柏レイソルを率いるネルソン・パブティスタ・ジュニオールことネルシーニョ監督はJリーグ屈指の「知将」として知られる一方で、激情家としての顔も併せ持つ。

 

 昨年8月には、不甲斐ない内容に腹を立て、試合後、唐突に辞意を表明した。

 

 しかし、その5日後、「過ちに気付いていながら意地を通す方が愚かだ」と選手に詫びて辞意を撤回。秋にはヤマザキナビスコカップ優勝を果たした。

 

 激情家ゆえに時として予期せぬ行動に出るネルシーニョだが、腕の方は確かである。ヴェルディ川崎のヘッドコーチを務めた1994年はチームをリーグ年間優勝、ナビスコ杯制覇、監督に就任した95年にはセカンドステージ優勝に導いた。

 

 その手腕を買われ、95年11月には日本サッカー協会強化委員会からフランスW杯出場を目指す日本代表監督への就任を打診された。これを了承したネルシーニョだが、大どんでん返しが待っていた。協会幹部会は加茂周監督の続投を決め、会長の長沼健は「加茂でフランスに行けなければ私がやめる」と大見得を切ってみせたのだ。

 

 ハシゴをはずされた側はたまったものじゃない。

「ミカン箱の中には必ず腐ったミカンが2、3個入っている」

 

 ネルシーニョは憤懣やる方ない表情で協会を痛烈に批判した。

 

 レイソルの監督には09年のシーズン半ばに就任し、11年シーズンにはJ1復帰後1年目でJ1初制覇を達成した。

 

 12年には天皇杯、そして13年には先述したようにナビスコ杯を制したネルシーニョのタイトル・ハンターとしての評価は、いよいよ高い。

 

 強いチームをつくる上で、サッカーの指導者に最も必要なものは何か?

「指導者は常に相手チームを分析しながら準備を進めなくてはなりません。そして勝利するためには変化を恐れてはなりません。プランAがダメならプランB、プランBがダメならプランC。やり方を変えていくことで相手に劇的なダメージを与えることができるのです」

 

 このブラジル人指揮官を信頼している元日本代表選手がいる。現FC岐阜監督のラモス瑠偉だ。

「これまで一緒にやった監督の中でナンバーワンはヴェルディ時代のネルシーニョですよ。彼には引き出しがいっぱいあった。状況に合わせて、その時その時で一番いい方法を探る。

 

 それにゲームと選手を見る目が素晴らしかった。彼が“こういうことを続けていたら負けるぞ”と言うと、本当に負けた。逆に“こうやったら勝てる”と言うと、本当に勝った。僕たちは完璧にネルシーニョにコントロールされていたよ」

 

 ネルシーニョが名古屋グランパスの指揮を執ったのは03年8月から09年9月にかけてだ。この時期に入団したのが現在は日本代表の中心選手である本田圭佑だ。

「彼は初めて見た時から目立っていました」

 

 こう前置きして、ネルシーニョは振り返る。

「日本人選手は、年上の選手がミスをした場合、なかなかそれを指摘しません。しかしホンダは18歳の若さながら、はっきりそれを口にしていました。とにかく勝ちたくて勝ちたくてしょうがないという気持ちが、誰よりも強い選手でした。

 

 といって、決してエゴイスティックではありませんでした。個人技で仕掛けるだけでなく、まわりの選手を使った方がいい場合には、迷わずそれを選択していました。その意味では非常に判断力のすぐれた選手でした」

 

 イタリア人指揮官アルベルト・ザッケローニ率いる日本代表は、この6月に開幕するブラジルW杯で、果たして、どこまで勝ち進めるのか?

「私はこの20年間、日本のサッカーを見続けてきました。私が来日した94年の頃と比べるとリーグの水準も個人の力量も間違いなく向上しています。

 

 とはいえ、ヨーロッパや南米と比べると、まだサッカーの歴史が違います。長い歳月の中で浮き沈みを経験したヨーロッパや南米には日本にはない“経験値”がある。これを過小評価することはできません。

 

 しかし、W杯に出る以上、どの国にもチャンスはあります。日本は世界最速でW杯出場を決めるなど、今、世界で最も勢いのあるチームのひとつです。重要なのは、本番に向けて、どれだけいい準備ができるか。そこにかかっていると思います」

 

 サンパウロ州生まれでサンパウロFCやサントスFCといったブラジルを代表する名門クラブでプレーした経験を持つネルシーニョによれば、日本が決勝トーナメントに進出し、上位を狙う上でカギを握るゲームは「クイアバでのコロンビア戦」だという。6月24日(現地時間)、グループリーグ(GL)第3戦だ。

 

 クイアバはマットグロッソ州にある人口50万人の中都市。W杯開催12都市の中で、規模は最も小さい。

 

 内陸地で、6月平均最高気温は31度。湿度も75%と高い。日本がGLを戦う3会場の中では最も厳しい環境と言われる。

「私は選手としても監督としても、この地での戦いを経験しています。内陸に位置し、非常に暑い。午後4時からの試合ということは40度を超えるでしょう。“灼熱の戦い”を覚悟しなくてはなりません。

 

 どのくらい暑いか? 熱気が口の中に入ってくると呼吸するのもしんどいほどです。絶対に水分補給を怠ってはいけません。いや、準備は戦う前から始まっています。食事や体調にも気を付けるべきでしょう」

 

 そして、もうひとつ。

「日本の選手たちはブラジルの芝に早く慣れた方がいいでしょう。これは、どの会場についても言えることですが、ブラジルは日本と違って、あまり芝に水をまきません。芝自体は長くないのでボールスピードが極端に落ちることはありませんが、慣れるまでには多少の違和感があるかもしれません」

 

 Jリーグでのべ11シーズンにわたって指揮を執り、日本サッカーの発展に貢献した男の伝言を、しかと噛みしめたい。


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