全国各地の名門高校から優秀な選手が集結する東京六大学野球リーグは学生野球の華である。明治大学野球部は同リーグで優勝39回を誇り、プロ野球界にも多くの人材を送り出してきた屈指の名門だ。野球殿堂入りしたOBだけでも23名を数える。そんな名門大学でレギュラーを張っていたのが河野祐斗である。

 

 河野は徳島県・鳴門高から2014年4月に明大に進学した。現在大学4年生。今年3月の卒業後、社会人野球の強豪・日立製作所に入社することが決まっている。今は来たるべき新シーズンに向け、体を作っている時期だと言う。

「12月はずっと地元に帰って走り込みなどをやっていました。全体的にもう一段階レベルを上げられるように、社会人野球を戦い抜ける体の強さを求めて今は練習しています」

 

 明大が学生野球の雄なら、日立製作所はアマチュア野球のトップランクに位置するチームと言っても過言ではないだろう。都市対抗出場35回、2016年は準優勝に輝いている。昨年のドラフトでは同チームから3人もの選手がプロ野球球団に指名された。プロ予備軍と称されてもおかしくない、厳しい環境にこれから身を置くこととなる。河野は入社に至る経緯をこう振り返る。「2年生の時から日立製作所の首脳陣の方から声をかけていただいていました。そこから少しずつ社会人野球を意識するようになり、“都市対抗に出て活躍したい”“日立で野球をしたい”という気持ちが強くなっていきました」

 

 社会人まで野球を続けることはアマチュア選手にとって大きな目標だ。なかでも強豪と目される企業から声をかけられるということは、エリートコースのひとつと言える。河野の野球選手としての実力を、進路から垣間見ることができる。

 

 彼のキャリアを振り返ってみると、常勝チームに身を置いている。鳴門高は夏の甲子園出場11回で、準優勝の経験もある学校だ。1951年の選抜大会では優勝も果たしている名門である。河野は鳴門高で実に4回、甲子園の地を踏んでいる。2013年夏の甲子園ではキャプテンとして、63年ぶりのベスト8進出の原動力となった。明大では3年生となった2016春季から試合に出場するようになり、同年の春秋連覇に貢献した。

 

 すべてはチームの勝利のために

 

 高校、大学でこれほど勝利を掴み取った選手はそう多くないだろう。このことは河野祐斗という選手を紐解くにあたって、重要なポイントであると思われる。「勝つことを体現できる選手」。そう表現できるかもしれない。実際、彼は真っすぐな視線で次のように語った。「ヒットとかホームランという結果よりも、勝ちたい気持ちが一番にあるんです」。自身の成績よりもチームのことを常に考える。それが河野という選手なのだ。

 

 大学最後のシーズンとなった2017年秋期、明大は惜しくも慶應義塾大学の後塵を拝し、2位に終わった。しかし河野はセカンドのレギュラーポジションを確固たるものとし、32打数10安打で打率3割1分3厘をマーク。5つの犠打を記録しながら本塁打も2本放つなど、つなぎ役をこなしつつ勝負強さも発揮した。しかし河野の口をついたのはやはりチームへの思い、そして未来への想いだった。「優勝したかったという思いが一番にあるんですけど、それに対してそんなに後悔はしていないのです。自分たちでやることはしっかりやったうえでの結果なので。そこはしっかり受け止めて、次のステージでやり返したいです」

 

 河野は自身の長所をこう自己分析している。

「全体において言えるのは積極的に攻められるところ。バッティングにおいても守備においてもです。守備では体が勝手に反応するというか。そのことがちょっと雑につながる面もあるんですけど、それは攻めていかないとわからないところもあるし、打球を待ってエラーするよりも攻めていってエラーした方がチームとしても自分としてもいいと思う。バッティングも初球からどんどん振っていき、守備でも際どいところを食らいついてでも捕りにいく。走塁でもどんどん次の塁を狙っています。この姿勢を今後の野球人生でも貫いていきます」

 

 鳴門の地に生まれ、常に名門で揉まれてきた河野。いったいどんな人生をこれまで歩んできたのか。勝利にこだわる気持ち、常に攻める姿勢はどこから生まれてきたのだろう。物心つく以前から野球のボールで遊んでいたという河野。そのルーツに迫る――。

 

(第2回につづく)

 

河野祐斗(かわの・ゆうと)プロフィール>

1995年8月25日、徳島県鳴門市生まれ。小学1年で野球を始める。林崎小、鳴門第二中を経て鳴門高に進学。1年生からサードでレギュラーの座を掴む。2年春にショートのレギュラーとして、初めて甲子園の土を踏んだ。3年時にはキャプテンとして春夏の甲子園出場。夏の甲子園では攻守の軸として、63年ぶりのベスト8進出に貢献した。高校卒業後は東京六大学野球の明治大に進学。好守の内野手として活躍した。卒業後は日立製作所への入社が決まっている。攻守で気迫を前面に押し出すプレースタイル。身長173cm、体重74kg。

 

 (文・写真/交告承已)

 


◎バックナンバーはこちらから